昼休み、力なくだらりと伏せている親友のなまえと、その横でグミを咀嚼する藤堂くん。今日は一体何の無茶振りをさせられるのだろう。パックの紅茶をすすりながら思う。何か起こりそうな予感がする、というか嫌な予感しかしないわ……。そう思った矢先、校内放送のアナウンスが聞こえてきた。聞き慣れた声だった。
「2年、みょうじなまえ。至急職員室土方まで」
「いやあああああ行きたくないよぉぉおおう!!!」
今日も始まったか。
机にしがみつくなまえを気の毒そうに見詰める藤堂くんが言う。クラスの皆も苦笑いでなまえを見る。
「なぁ…お前、やっぱり知らず知らずの内に土方先生に何かしたんじゃねぇの…」
「身に覚えがないのに?」
「だってそうとしか…」
藤堂くんが言葉を言い終わるか終わらないかの途中で、再びアナウンスが鳴る。
「2年3組、国語係みょうじなまえ。1分以内に職員室土方まで」
「ひぎゃあああああ」
「いってらっしゃい」
「頑張れなまえ、健闘を祈る」
「千も平助も他人事だと思いやがって!」
大体、ここ4階なのに1分で職員室まで行けるか!!と叫びながら慌ただしく彼女は出ていった。
彼女、みょうじなまえはこのクラスの国語係である。ちなみに私はなまえの世話役改め友人の鈴鹿千。国語係なんて珍しいものでもなんでもない。隣のクラスにも、別の学年にもいるのだから。しかし彼女は国語係として校内でも有名人であった。何故か。その答えは明白だ。
みょうじなまえは、国語担当鬼教師土方歳三の標的だったからである。


***



ぜえぜえと切れる息を調えようと頑張りながら、職員室のある一角へ向かう。足取りはもちろん重い。
「遅い」
「すっ、すみませ…」
ほんっと毎回毎回何で私こんな使役されてんだろう…意味わかんね…。国語係なんて他にも腐るほど…「何だ文句あんのか」
「いえ別に!☆」
取り繕った笑顔を振り撒くと、目の前の鬼が眉間に皺を寄せる。ああもうだめだ…桃太郎が退治しようとした鬼がもしこの人なら、桃太郎もきっと逃げ出したに違いない。国語教師の土方先生。最大にして最強最悪の私の敵である。
「で、何の御用でしょう」
「これコピー100部。それからこれ、学年に配っとけ」
「……はい」
「行ってよし」
だから何で私にやらすんだよ。あと何か偉そうなのもムカつく。ハゲればいいのに。
今年度の最初、クラスの委員を決めるときに、委員長のような目立つ役職に縁がなかった私。まあこの辺で済ませとくか。そう思って適当に国語係に立候補した自分をぶん殴って投げたい。まさかこんなに過酷だとは夢にも思わなかった。……いや過酷なのは私だけか。おかしいな…。
「そういやみょうじ」
「はい?」
「お前こないだの古文の小テスト、何だあの点数は」
「へっ……」
「自ら仕置き希望らしいじゃねえか」
にこやかに笑う土方先生に、一気に嫌な汗が出る。ああ、向こう側の永倉先生と原田先生の顔が遠く……。ヤバいヤバいヤバいヤバいYABAI!!!
「いっ、いやあ…あれはたまたま…時間割変更あるの忘れてて…」
「で?」
「勉強してなかったって言うか…そのう…」
「そうか。じゃあみっちり勉強させてやらねえとな」
真っ黒な笑い方で目を細める先生。鬼が何で人間界にいるの。今すぐ誰かに相談したかった。でもそうしたところで周りの皆も太刀打ち出来そうにない。涙が出そうだ。そうして今日も私は敗北を重ねるのである。


***



「平助……今日私呼び出されてるから先に帰って…」
「お、おう!まあ…そう落ち込むなって!な?」
「はあああああ」
呼び出しの後、なまえは必ず何らかの形で魂を抜かれて教室に戻ってくる。
「ほら、チョコでも食べなさいよ」
「千…ありがとう……ああまじで土方先生階段で転んで足挫け」
「おま…殺されるぞ!」
授業でなまえが少しでもうとうとしたり私語をすると、土方先生は決まってなまえを集中攻撃する。だけど私はそこにある法則を見つけてしまった。
私はなまえが怒られる前のほんの一瞬、先生を観察する。なまえがうとうとしているときの先生の顔はほんの一瞬柔らかい笑顔になるのだ。その後すぐにチョークがなまえにヒットする。そして真っ黒な笑みを残す。なまえは死ぬ。
一方で、なまえが授業中に男子と話すとき、私が盗み見る先生の顔は険しいのだった。例え、話の内容が授業の内容と関係のあることでも。
「お話は終わりか?」
そう言って先生は、先生しか知らないなまえの恥ずかしい話を暴露する。例えば階段で滑った話とか、職員室のドアにぶつかった話とか。当然クラスは大爆笑に包まれる。なまえがむきになって反論しようものなら、にこやかに笑みを返して丸め込むのだった。まあ授業中に関わらず、要はなまえが男子とじゃれるのが気に入らないのだ。
これらを考慮し、なまえ本人と鈍感な藤堂くんを除くクラスの皆は気付いている。
土方先生って絶対なまえが可愛くて仕方ないのだ。ちょっとその表現の仕方が歪んでいるけど。確かになまえは顔はもちろん性格もかわいいし、土方先生が贔屓にするのも分かるのだ。


みんな知ってます


きっと永倉先生ですら気づいてるわよ。