「………」
三年生のクラスがある階、沖田先輩がいる教室の前。ドアを開ける勇気が出ない。人が出入りする度に、足を踏み出そうとするけど、なかなか踏ん切りがつかない。さっきから廊下を行ったり来たりだ。
「はああ…先輩いるかな…」
あの時は沖田先輩に弱みを握られてることをすっかり忘れて、感情に任せて余計なこといろいろ口走ったしなあ。しかしやっぱり土方先生に悪口言ったのを暴露されでもしたら私が終わる。どうにかして表面だけでも取り繕って……「2年2組、みょうじなまえ」
「おぉぉ!!?」
「指定外のブラウスに減点5」
びっくりして咄嗟に後ろを振り向く。いつぞやの風紀委員の先輩だ。ああーこの人めんどくさいんだよな…。なるべく早くずらからないと…。
「総司なら図書室だが」
「なんで…私が沖田先輩探しに来たって知ってるんですか」
「それしか考えられない。それに、お前はあいつの彼女だろう」
「……それはその、まあ1つ2つ事情があってですね……」
この先輩そんな事まで知ってるのか!いかん危ない!あんなドSと付き合ってるなんて私がドMかと思われるわ!あーあもう…。
「総司が逐一お前の話を報告してくる故、俺の読書の時間が邪魔されていて正直迷惑なのだが。…あまりに嬉しそうに話すので遮れんのだ」
「……え?」
「とにかく、総司はお前のことを相当気に入っている様だが」
嘘だ。そんなの。……だってあいつ、ドSだから。きっと自分の好きなように振り回せる人間の存在に満足してるだけだって。別に私が好きなわけじゃ……。
それでも足が自然と図書室に向かうのはどうして?

***



昼休み、人がほとんどいなくて静かな図書室の中に、溶け込むようにして寝る先輩の姿が見えた。窓から射し込む陽が先輩の髪の毛を照らして、髪の毛に影と光が落ちる。
「…寝てる」
この人寝てるときは静かなんだ。わー髪の毛がさらさらっぽい。つやつやしててうらやましいな。そうやっていつも寝てたらイケメンなのにな…「全部聞こえてるんだけど」
「おぉぉ!!!」
顔を上げた先輩と目が合う。
「何、僕に用事?」
くわぁとあくびをした先輩の涙目が、またきらきら光る。……言わなきゃ。手がちょっと震えた気がした。
「こないだは、ごめんなさい」
「何が?」
「勝手に…一人で怒って子どもだったなぁって……その、私が不甲斐ないのを、先輩に八つ当たりしちゃって」
顔を見れないまま、私がうつむいて言うと、すぐに応えが返ってくる。
「ふぅん?君はそう思ってるんだ。まあ……別に、気にしてないけど」
そう返すと、再び先輩は机に突っ伏したまま、何も言わなくなった。…やっぱりそうだよね。感じ悪いし、そんな女の子興ざめだもんな。
でも私、もう気付いてるんだよ。
ほんとは、先生に告げ口されたくないから先輩の所に来たわけじゃない。ちょっとでも、引き留めてもらえないかって期待しながら、自分が先輩の中のどの辺の位置にいるのか知りたかったのかもしれない。ずるいんだ。もう……帰ろう。
図書室を出ようと方向転換した私の腕は、後ろから掴まれた。
「ちょっと、何帰ろうとしてるの」
「……は?」
え、何この感じ。今完全にさよならって雰囲気だったじゃん…。
「座りなよ」
「や、あの、」
この空気が怖いのに。早くこの場を去りたいのに。先輩の手は私の手を掴んで離さない。仕方なく椅子に座って、隣にいる先輩と目が合う。
「君は僕の彼女でしょ?サボりには付き合ってもらわないと。それとも何、別れたいの?」
「え、ええ?」
「ま、別れてなんかあげないよ。君は僕のだからね」
かーっと顔面に熱が集まるのが自分でも分かる。
「……」
「……この間は、僕も悪かったよ。大丈夫、土方さんなんかになまえちゃんを渡したりしないから」
「冗談でしょ…先輩が、私をなんて、ほんとにあり得ない」
「言ったでしょ。君に惚れたって。信じてないの?」
ゆっくり私に近づく先輩と、さらに縮まる距離。ああ、私は確信が欲しかったのかなあ、なんて考えて、ちょっと頬がゆるんだ直後、唇にふにゃりと熱が触れる。
いつから私は先輩に惹かれちゃったんだろう。こんなにドSなのに、どこか優しいキスなんかされて、騙されてるんじゃないのか。
絶対もっと優しい人がいるはずだよって、一人の私が囁いて、もう一人の私もそれをわかってるんだけど、やっぱり先輩から離れられないのだ。
「君は、僕のこと嫌いになった?」
触れていた熱が離れてから、先輩が私の顔を覗き込んで言う。
「逆…。ちょっとだけ、だけど、好きに……なった」
「そう。じゃあ」
もっともっと僕を好きになって。依存性みたいになればいいのにね。というわけで君は毎朝僕と一緒に登下校して、休み時間は僕の相手をして、サボりにも付き合い、欠かさずメールと電話をする。わかった?
矢継ぎ早にそう告げられて、大切なことを忘れていたことに気付く。

こいつドSだった。


泣けど喚けど


逃げられないよ、そう耳元で囁く先輩に嫌な汗が出る。それでも握られた手から伝わる感覚はきっと幻じゃない。はず。


沖田エンディングへ!