あれから、沖田先輩とは一度も顔を合わせていない。この間千が「あんたがいないときに沖田先輩が教室に来てたわよ」と教えてくれたけど、結局会いに行かなかった。
土方先生の授業も、先生の声は私の耳を素通りするかのようで。私はただずっと、ぼうっとしている。先生は何も言わない。ただ何もなかったかのように授業をする。歪んでいる、と思う。
「千!平助ー!今日の放課後はカラオケ行こーう!!」
「えー…おとといゲーセンいったじゃん…しかもお前、昨日の夜もうち泊まってモン●ンしたじゃん…オレ今日は寝てない上に部活あんだよ…」
「モ●ハンとか朝飯前なんだけど。あんたが寝落ちた後に全クリしたわ」
「……私でいいなら付き合うけど」
「やったああああ!さすが千!」
私がそういってバカみたいにはしゃいでた時、千がどんな表情をしていたのか、当然気づくはずもなくて。私は意味もなく騒いで。この気持ちはどこからきてどこへ消えて行くのだろうと、ちょっと思った。


***



「いよっし!歌うぞー!」
「なまえ」
曲を入力しながら呼ばれて振り返る。機械がぴぴっと音を立てた。長い睫毛、整った目鼻立ち。千がゆっくり私に問いかける。
「あんた…何かあったんでしょ」
「べ、別にぃ?」
「声裏返ってんのよ!嘘つくの下手くそね!言いなさいよ。……友達でしょ」
その言葉に、一気に我慢の壁が崩壊する。ぶわっと、弱音が心から漏れ出る気がした。この人には適わない。
「実は、」
全てを話終わる前に、私はぼたぼた涙を落としていた。あの時よりも、もっと。話し終えて、千はため息を吐くように言った。
「あんたって鈍いのよね」
「何が!」
はああと前髪をかき上げる千の手をじっと見る。綺麗に手入れされた爪がぴかぴかしている。
「土方先生のことも、沖田先輩のことも。あんただけなのよ、何にも知らないでいるのは」
「はい?」
「ま、それは当の本人方から直接聞くといいわ。ところであんたはどうしたいのよ」
どうしたい、って聞かれても返答に困る。私は普通の女子高生で居たい。廊下で好きな人と目があって、何か話してどきりとしたり、偶然を装って一緒に帰ったりできるだけで満足なのだ。
「…まるで漫画の世界だわ。それよりも、このままでいいの?私は…あんたと土方先生の掛け合いが結構好きだったりするけどね」
「そうなの?」
「ええ。クラスのみんなも、ほとんどそうなんじゃないかしら。やっぱりなんだかんだ言っても、先生とあんたはセットみたいな感覚?」
「うわ…改めて言われると寒気するー」
「だから、授業中に何もなかった時なんか、何が起きたのかぜんっぜん理解できなくて。今話を聞いてようやく分かったわ。なるほどね」
頷く千を見ていると、心がだいぶ軽くなったのが分かった。私は一体、どうしたいのだろう。
「やっぱり…土方先生に見放されたのかな」
はは、と乾いた笑いを浮かべる。千はそんな私に一喝した。
「わからないんでしょ?だったら先生に聞きなさいよ」
「え…でも」
「先輩のこともよ。言いすぎたと思ってるなら尚更、早めに謝りに行きなさいよ」
にこりとわらって千は言う。ほんとに、何て頼りになるんだろう。
「ま、この際どっちも吹っ切ってしまうのも手よね」
よしよしと頭を撫でられる。女の私でも惚れそうになる、それが鈴鹿千クオリティ!!


もう迷わない


私は…
土方先生の所へ自爆しに行く
沖田先輩の所へ自爆しに行く