「では、なにか不備がありましたら言ってください」
「ありがとうございました」
天霧さんは全て私の荷物を運び終えると、さっさと部屋を出て行った。無愛想な人だけど、きっと優しい人に違いない。
ぐるりと引っ越してきた部屋の中を見渡す。さすが千ちゃん家のアパートだ。前のところとは違って、綺麗で、交通の便もよくて、それに…。
「変な人も、いないもんね」
その変な人が好きだったのは誰だっけ。そんなことを考えてやめた。ソファに座ると、思い出したくないはずの人の記憶。今はお気に入りのアニメも、私の頭にはない。思わずひざに顔を埋める。ぽたり、ぽたりと雫が頬から落ちて足を伝った。
「っ、わああああん」
自分の気持ちを殺すのってすごくしんどいんだね。痛いよ。ぷっつんと何かが切れて、私は子どものように口をあけて泣いた。
そのとき、玄関の鍵が開いて、誰かが入ってくる音がした。天霧さんが忘れ物でもしたのかな…。涙拭わなきゃ、恥ずかしい。ごしごしと目をこする。そんな私を待たずにドアがばたんと開いた。
「…はじめまして。僕、今日からここに引っ越してきた沖田総司です」
背中から、聞いたことのある、声。ふわりと漂う、私の知ってる香り。
「なん、で」
「なまえちゃん……泣いてるの?」
差し込む光が反射して、きらきら光る茶髪。透き通った黄緑色の目。振り向くとそこには、ずっと逢いたかったその人。なんでそんな悲しそうな顔して…
「なんで、なんで…?」
「っ、ごめんね」
「…すきっ、」
「僕も、なまえちゃんが好きだよ」
沖田さんが私を、ぎゅうと抱いた。すっぽりと包まれる。また涙が溢れる。情けない声が出る。目を閉じると、そのままどこまでも行ける気がした。ふわふわする。温かい。
恋をすると、弱弱しくなっちゃって、やだな。でも悪い気はしなかった。



「僕、君が嫌がらせされてたことも、平助が君を助けたことも知らなかったよ」
「…いいんです。沖田さんが悪いんじゃ、」
「だから」
これから、ずっとなまえちゃんの傍にいるよ。沖田さんは簡単そうにそう言ったけど、とんだ一大事だ。だだだだだって…そ、それって同居…
「あの、ちゃんと段階を踏んでから…」
「何いってるの。それに僕、前のアパートもう解約しちゃったんだよね」
悪戯っぽく笑った沖田さんに逆らえずに、私はただ驚くばかりだった。
「ねえ、なまえ」
沖田さんが私の頬に触れた。ぐいっと顔が近づく。顔が、熱い。
「今度はただのおとなりさんじゃなく、ね」



***end***

ご愛読ありがとうございました!

111004~120309 詠理