お腹すいたなあ。そう思いながらいつものように千鶴と食堂で並ぶ。早く順番こないかなあと、背伸びをして列の先を見る。その直後にびちゃっと音がしたと思ったら、私の肩にひやりとした感触がした。服が濡れている。
「あっ、ごめんなさい」
後ろを振り向くと、何人かの女の先輩が立っていた。コップを持ったまま謝ってきた先輩の口許がうっすら笑ってる。
「いえ…気にしないでください」
私がそう言うと、前に並んでいた千鶴が気づいて振り返った。私は笑って「大丈夫」と囁いた。
「沖田くんは迷惑してるわ」
くすくす笑う声とそんな台詞が聞こえて、先輩たちの足音が遠ざかる。やっぱり…そうなんだ。
私がどうしてわざと水をかけられないといけないの?そう怒鳴ってやりたかったけど、あまりにも千鶴が不安そうな顔をするから、そうもいかなかった。
食事を持って席につくと、千鶴がハンカチで肩を拭いてくれる。それだけなのに、私は急にわっと泣きたくなった。
「大丈夫?ひどいよね…」
「ありがと。私千鶴大好き」
「なまえ…」
千鶴がにっこり笑ってくれて、私もにっこり笑った。本当に一人じゃなくて千鶴がいてよかった。すると、後ろから聞きなれた明るい声が聞こえた。
「偶然ね。私もご一緒していい?」
「千ちゃん!」
「あら、なまえ…あなた服どうしたの?濡れてるじゃない」
千ちゃんが不思議そうに私の顔を覗き込む。同時に、私の何かがぷっつんと切れて、涙がぼろぼろ出た。でも私が落ち着くまで二人は背中をさすってくれたり、頭を撫でてくれた。



「そんなのおかしいわ!」
千ちゃんは幼馴染である二年生の大人気イケメン風間先輩と付き合ってて、たくさんの嫌がらせをうけつつも、それを弾き飛ばした強者だったりする。私の話を聞いているうちに、どんどん不機嫌になった彼女はすごい剣幕で捲くし立てるように言った。
「大体ね、その沖田さんだっけ?あんたは沖田さんが好きなの?」
「全然!」
「だったら尚更おかしいわよ!なんでこっちが嫌がらせされなきゃいけないのよ。別に沖田さんに付き纏ってるわけでも迷惑かけてるわけでもないのに」
千ちゃんの持っていたお箸が折れる。やっばー…超怖い…。千鶴なんか千ちゃんと目を合わせないようにしてるし…
「と、とにかくこれ以上沖田さんに関わらなきゃいいんだよね!」
私がそう言うと、千ちゃんは鬼のような形相をして言った。
「なまえ、引っ越したらどうかしら」
「はっ?」
つまりはこうだ。千ちゃんの御家がもっているアパートに開いてる部屋がいくつかあるから、そこなら千鶴の家からも近いし心配はいらない、と。
「でも引越し代とか家賃とか…」
「それなら千景の家のトラックを借りればいいし、運転は天霧さんに任せましょ。アパート代も別にいらないけど…どうしてもって言うなら今の半分でいいわ」
「なまえ、そうしなよ!うちにもすぐ遊びにこれるね」
千ちゃんの言葉は、すごく嬉しい。きっと今まで見たいに壁が薄いこともないんだろうし、神経を尖らせて暮らす必要もない。でも…私の中の何かがひっかかった。ううん、だめだ。今のままじゃいつ嫌がらせされてもおかしくない。私が沖田さんのお隣さんだってばれたら、今以上に嫌がらせされるかもしれない。
沖田さんと関わってちゃ、だめなんだ。


(きっと辛くなる)