「むむ……」
いつまで経ってもなかなか上手にできないモンブランを目の前にへこむ。綺麗なクリームの層にならないのだ。力みすぎていたのか、斎藤さんは作業の手を止めて言った。
「力を入れすぎるから失敗する。失敗するから苦手意識を持つ。悪循環だ」
「すみません……」
最近はそうでなくても、あのカフェのことを考えてしまう。土方さんの、他の人たちの表情を思い出してしまう。
「昼も食べていないのだろう。…ちょっと休憩してきたらどうだ。焦りすぎは良くない」
さりげなく心配してくれる斎藤さんの気遣いがありがたくて、頬が持ち上がるのが分かった。
「はい!じゃあお言葉に甘えて行ってきます」



「はー…」
パンを買って、適当なベンチに腰かける。土方さんは、あのカフェに負けないために具体的に何かするとは言わなかった。それは、今まで通りのことをやれる前提だと思う。今の味や接客態度を悪くするようなことがあれば、客足は遠のいてしまう。やっぱり少し、憂鬱ではあるなあ。そんなことを考えていると、後ろから綺麗な声がした。
「ねえ」
振り向くと、私と背中合わせに座った人の姿が見えた。女性は振り向かない。
「わ、私ですか?」
「ええ。モンブランはお好きですか?」
「食べるのは…好きですけど」
やっぱり女性は振り向こうとしない。
「じゃあこれ、一緒に食べましょ」
差し出された箱を開けると、2つ。モンブランが入っていた。
「いいんですか?」
「余り物なの。それでも良ければ」
「いただきます」
渡されたフォークと、綺麗なモンブラン。寒空に街頭がつきはじめて、歩く人が多くなって。白いコートがオレンジに染まる。
「ちょっと……話してもいいかしら」
「?はい、」
「……私、親が決めた結婚をするの」
結婚…。一瞬考えないと出てこないワードだった。
「正直、嫌なの。相手ぐらい自分で見つけたいし、それに」
「?」
「釣り合わないのよ」
その言葉の語尾が消え入るように小さくなる。
「よく知った間柄ではあってもやっぱり、妻にするのは私じゃなくてもいい、求められていないって感じるのは怖いわ」
一口、モンブランを口に運ぶ。……すごくおいしい。この人パティシエなのかな。
「おいしい!」
「それ、私が作ったのよ」
「……私なら、こんなモンブランを作る人に釣り合う人の方がいないと思います」
「ふ、うふふ。ありがとう」
悪かったわね、変な話して。でも誰かに聞いて欲しかったの。そう呟いて、女性は立ち上がった。マフラーでたるんだ髪の毛がふわりと流れる。そのまま、女性は振り向かずに言った。
「また会いましょ?」



(モンブランに、邂逅)