みょうじなまえが、あの有名な風間千景のお悩み相談室でバイトという名の借金返済をしていることは、既に校内でも有名であった。 しかし、風間の代わりに土方が一時的に肩書き上だけでも室長となり、さらにはニュースになったため、余計に校内に話が広まってしまった。土方は授業の度に生徒から質問責めにされ、精神的疲労がピークに達していた。 「土方せんせっ!大変です!新聞にも載りました!」 「……そうか」 土方の机に新聞記事をでかでかと広げるなまえは、土方とコンビ扱いされることに大層満足しているようだ。土方も疲れてはいたが、本業が教師でありながらも室長としての名を馳せてしまったことには満更でもなかった。これを機に、学校の知名度が上がるのを期待していた。 「あっそうそう。今日は私、事務所の書類整理があるので先生も相談室の仕事は結構です」 「わかった。…ああ、みょうじ」 「はい?」 「お前、まだ俺と面談してねえだろう」 「……」 「いつか時間ができたら相談室で面談する。これは俺の本業だからな。しっかりやらせてもらうぜ。ちなみにお前以外は全員終わった」 「まじでか……」 私、まだ進路決まってないんだよなあ。土方先生にぼっこぼこに叩かれる前に、意志を固めて置かなければいけない…と、なまえは心に留めておいた。 「しっつちょ!」 「……俺は今は室長ではない」 「じゃあちーさま?」 「……」 すれ違った風間を、めったに呼ばない呼び方で呼んだが、返事が帰って来ない。なまえは廊下の真ん中で唇を歪めた。 「…何で私と話してくれないの」 実の所、風間は腸が煮えくり返っていた。自分のポジションを土方に取られ、その土方は自分よりも室長として有名になり、さらには二人の写真が新聞やネットニュースを埋めている。自らを大人げないとわかってはいるが、制する余裕がなかった。 やはり土方なぞに頼むべきではなかったか。しかし、後悔しても仕方がない。まだ生徒との面談も山のように残っている。 一方でなまえは風間が怒っている理由を考えた。もしかして無断で土方先生にキンキラ節を聴かせたのがバレたか…!?しかし聞くに聞けない。 「…もう行け。それから、なるべく学校では俺に話しかけるな」 余りにも唐突で、かつ突き放すような風間の物言いだったが、なまえはなぜか腹が立たなかった。それよりも胸を埋め尽くす、ざらざらした哀しみが強かった。 今までは普通に学校でも話してたのに。どうしてそんな言い方するの。どうして怒ってるの。最近頑張ってるんだから、誉めてくれたっていいのに。さすがに傷つく。結局、一度も目は合わなかった。やばい、泣きそう。 窓の外はどんよりと曇っている。強すぎる風で木がしなっていた。 「こんちはー…」 「おうなまえお疲れ!チョコやるよ」 郵便物を両手に抱えながら落ち込む様子のなまえに気が付いた不知火は、菓子を与えた。そしてなまえは気を取り直して書類を書き始めた。 「……なんかあったか?」 「室長に嫌われました…話しかけるなって」 不知火はすぐに大体の事情を察した。にやりと笑って、風船ガムを膨らませている。 「はは、風間は相変わらずメンドクセーな」 「うん、」 「でも…多分、風間は寂しいんだよ」 なまえは不知火の言葉に驚愕し、書きかけの書類を盛大に間違えてしまった。 「あっ間違えた!!初めからやり直し…もー、何言ってんの」 「お前がここで働き始めてから、風間と何日間も話さないことなかったろ。だけどよ、一週間も風間が相談室に来れねえ上に、お前が土方とばんばん成果上げて。へそ曲げてんだよ」 いつも、私が読み取れない室長の気持ちを、不知火さんや天霧さんはわかる。本当にそうなのかな…。 「まあ要はヤキモチだよ」 「でも……」 「この調子で風間が帰ってくるまで土方と仕事頑張れ。明日からは浮気調査だろ」 「…そうだよね!今は私が頑張らないとね!室長が帰ってきたら誉めてもらう!」 「おお。じゃあ俺もう帰るから、お前も4階に上がれ。戸締まりは忘れんなよ」 「気をつけてね、また明日」 不知火が帰ったあと、エレベーターに乗って、明日の書類に目を通す。4階に着いて、ドアが開く。 室長、帰ってるのかな。上階に行けば会えるかもしれない。 「駐車場に車あったっけ」 しかしボタンを押す勇気が出ない。また突き放されるかも知れない。怖くて、哀しくて、辛くて。今までの風間も散々なまえに冷たく接してきた。けど、今回は態度が違った。あれは……そうだ、前に相談室のことを悪く言って怒らせたときの表情と同じ。 「行けないや……」 会いたいのに。いつもみたいに、あの手で頬を撫でてもらいたいのに。大好きなあの人に抱きつきたいのに。 「あ、人じゃない…鬼だ…」 涙が出そうだった。 純情少年の事件簿 |