「起立、礼」
「お願いしまーす」
遂に今日から永倉のピンチヒッターとして、風間が英語の授業をすることになった。生徒のほとんど(主に女子)が金髪緋眼の風間に、一体どんな授業をするのかと心踊らせていたが、たった1人だけ絶望的な気分になっていた者がいた。その風間の助手のなまえである。
「やっべ予習してなぁい☆」
「あんたバカァ?」
という会話を、なまえと室長の事情を知っている友達何人かと散々した挙げ句、席に突っ伏しているのだった。
まあ、ほら…初回から予習とか、いらないでしょ…それに初回だし…多分許してくれるでしょ☆
なまえがそう心の中で呟いた後、風間が教卓の前で言った。
「予習をしてない者はいるか」
あれ、何か大丈夫そう。なまえは笑顔でおそるおそる手を上げた。室長きっと怒らないよね!よかっ…「廊下に立っておけ」



結局予習をしてなかったのは1人だけだった。教科書とノートとペンケースを抱えて廊下に出る。ドアを乱暴に閉めたせいか、風間が睨んでいる気がしたが、彼女は振り向かなかった。
「ちぇ、」
室長、こっちを見向きもしなかった。予習してないの私だけだったんだから、許してくれたっていいじゃん…。なんか私ばっかり室長室長って言ってる気がする。クラスメイトの哀れみの視線も痛かった。まあ全て私が悪いんさ……。
「あーあ、つまんないー」
どっかりと廊下に座り込んでいると、急に上から声が降ってくる。
「何だお前、早速廊下でお勉強か」
「、っ…土方先生…!」
廊下に座り込むなまえを見下ろした土方は、煙草をくわえたまま言った。
「風間の授業か……今ちょっといいか」
「な、なんでしょう!」
「馬鹿野郎、声が大きいんだよ」
風間に見えないように配慮したのか、そのまま土方がしゃがみこむ。なまえは眼前の美顔に動けなくなってしまう。顔がこころなしか熱い。
「お悩み相談室……ってのは一体普段何してんだ」
「えと…基本なんでもやってますよ!力仕事から浮気調査まで」
なまえがふん、と得意げにそう答えると、土方は半ば呆れたように頭をかいた。
「…例えばどんなだ」
「そうですねえ…この間の私の任務は迷子の犬探しでした。その間に天霧さんはどっかの建物の雨漏りを直しに行ってましたし、不知火さんは急にバスケの試合の助っ人頼まれてました」
土方は直感した。悩み相談室というより実情はただの便利屋か……。携帯灰皿に吸殻を落とす。
「ちなみにその日、室長は雑誌の取材とかでした」
「……」
なまえはこの時気づかなかったが、目の前の土方の苦渋の表情が一体何を示すものなのか、それは後に分かることであった。
するといきなり、授業中の教室から、風間が出てきた。しゃがみこんだまま煙草を吸う土方と、その横で嬉しそうに話すなまえに、彼は一瞬顔をしかめたが、すぐにいつもの表情に戻った。
「何をしている」
「じゃ、もう俺は行くぞ」
「ああ、土方せんせ!」
足早に去る土方の後ろ姿を見ながら風間がなまえを見下ろすと、なまえは顔を背けた。明らかにすねている。風間の方を見ようともしない。ずっと閉じていた教科書をそそくさと開くなまえの頬を、風間はしゃがみこんで思いっきり抓った。
「いたいいたいいたいよぉぉお!!」
「言いたいことがあるなら言ってみろ」
「やだよ!室長怒るから!」
そして風間に応戦するようになまえが風間のネクタイを引っ張り始めた。
「こんの…頑固娘が…グハァッ!」
しかし迫り来る痛さに耐え切れなかったのか、なまえはあっさりと白状した。
「だって室長全然構ってくれないんだもん!ばーか!」
意外な言葉に風間はぴたりと手を止めた。そうして顔をなまえに近づける。
…近い。心臓がばくばく言ってる。室長にも鼓動が聞こえてるかもしれないぐらい。
「…土方と何を話していた」
「お悩み相談室の仕事がどんなのか…とか…」
「それだけか」
「、うん」
廊下に土方が見えてなまえと話出したのがわかると、すぐさま引き剥がしたくなった、…などと言えるわけがなかろう……。風間は心中でひとりごちた。
どうして俺がこんな女子高生に。
「もう室長嫌い!」
「何っ、」
なまえが力一杯風間を突き飛ばすと、思いっきり尻もちをつく室長と目が合う。こんな間抜けな体勢なのに……それでもやっぱり好き。
「私ばっか好き好き言ってて惨めだもん、」
確かに予習してなかったのは悪いと思ってるよ?でも…、と続けるなまえの唇に、起き上がった風間が急に唇を重ねた。
さっきまでうるさかった廊下が一気に静まり返って、目の前の真っ赤な眸に、私だけが映って。
「お前を廊下に出したのは」
「……」
「二人になるためだ」
だから安心しておけ、と呟く室長の、ちょっとだけ見えた頬っぺたが赤かったのは気のせいかな。