「あー、だる」
月曜日、体育館での朝礼。どこからか聞こえてくる鳥の囀ずり。うるせえよ焼き鳥にすんぞ、と小声で呟く女子高生―――みょうじなまえは心身共に限界を迎えていた。彼女はお悩み相談室で雑用をしており、昨日も休みを1日費やしたせいか、疲れがたまっていた。そもそも週の初めから長時間立たすな!しんどいよぉお帰りたいよぉお…。今日は土方先生の授業もないし、サボって相談室で寝てやろうか…。なまえは余りの眠さに左右にふらふら揺れ始めた。
校長の近藤はにこやかに話を続けているが、話を聞いているのは先生達と一部の真面目な生徒のみである。これで土方先生の俳句タイムがあったりなんかしたら…私間違いなく立ったまま寝る。そう思ったとき、ちょうど校長の話が終わった。
「あー、では次は俺から。臨時の知らせがある」
ああ土方先生…相変わらずかっこいいけど…でも今俳句は止めてください…。
「昨日、英語担当の永倉が急遽入院した」
体育館がいきなりざわつきだす。なまえも例に漏れず、目をぱっちりと覚ました。永倉先生…どうしたんだろう?大丈夫なのかな。皆が心配する声を破って土方は言った。
「そこで、退院までに臨時で英語を担当することになった奴を紹介する」
壇上に上がっていく人物を見ようと、なまえは背伸びをした。その瞬間、確信した。遠くからでも、はっきりとわかった。
「……今日から」
マイクを通した声にざわめきはもっと大きくなって。なまえの頭も追い付かない。きらきら光る金髪、普段は白いはずの黒いスーツ、嫌そうな声。
「英語を担当する、風間千景だ」
室長ぉおぉぉおぉぉぉお!!!



「土方先生!!!」
「何だ」
「何だじゃないですよ!どうして室長がいるんですか!!」
永倉先生の代わりということは、なまえも風間に英語を教わることになる。そうなれば昼間のお悩み相談室は…?心配するなまえをよそに、土方は言った。
「お前聞いてねぇのか。風間は英語喋れるんだよ」
「まじでか」
ことの次第はこんな感じだ。永倉が倒れたという知らせを聞いた職員たちは、皆知恵を振り絞って考えた。
「まさか新八っつあんが痔で緊急入院とはな…」
「ていうか英語どうするんです?新八さんの代わり探さないと」
「あのさ……土方さん。風間って…」
「ああ、わかってる…悔しいがそれしか無いようだな」
「でもオレやだなー…風間絶対土方さんにつっかかってくるじゃん」
「…本意ではないが仕方ないだろう」
「俺も普段なら冗談じゃねぇよ。だがこんな時だ」
そんなわけで、職員達と同じ大学出身の風間に、新八代理の白羽の矢が立ったというわけである。そもそも室長、教員免許持ってたんだ…ていうか取れたんだ!?
廊下で二人が話していると、中庭の方で何やら黄色い声が聞こえてきた。ふと外を見ると、たくさんの女子に囲まれた室長が見える。何か話している様子だ。
うそうそうそ、室長がモテモテ…。大体、学校に来るならどうして私に一言言ってくれなかったんだろう。昨日だって相談室では何でもない風だったのに。言い様のない不安感と怒りに駆られるなまえを、土方はちらりと見て苦笑した。
「まあ1週間の辛抱だ」
「……私だって室長の黒スーツ姿初めて見たのに」



なまえが土方と別れて階段を上っていると、後ろから誰かがバタバタと走ってくる音がした。怖くなって思わず振り向くと風間がすごい形相で階段を昇って来た。
「おいっなまえ、助けろ!!」
「何を」
「俺をだ馬鹿者!!女子生徒からの質問攻めを回避したと思ったら次は職員室で待ち伏せされている!!」
「ふーんいいね楽しそうで。女子トイレにでも隠れてれば」
室長はなまえが怒っていることに気づいた。だが理由がわからない。そもそも俺が困っているというのに、この小娘はあろうことか楽しそうなどと口にした。
「何をふて腐れている」
「別に」
「おい」
手首を掴まれて振り返ると、眼前に室長の顔。ちょっとどきりとした。
「言え。何故怒っている」
「室長、何で来るって言ってくれなかったの」
私そんなに信用されてないの、と蚊の鳴くように言ったなまえの頭を、そっと風間は撫でた。
「信用していなかったわけではない」
「じゃ何で」
「言えばお前は絶対反対していただろう。土方とのことも、雪村千鶴のこともある」
お前は俺のことが好きで仕方が無いようだからな。そういってにやりと笑う風間を、なまえは突き飛ばしてやりたかったが、できなかった。ちょっと悔しい。ぷいと前を向いて言った。
「仕方ないから教室まで連れていってあげる」
どうやらこれから、教師としての室長との奇妙な1週間が始まろうとしていた。