「ほんと何なのあの人!」
「あー、とりあえず落ち着けって!飲み過ぎだよ」
「うわっ、もうビール3本目かよ!」
バイト先に客として来た私と平ちゃんと龍ちゃん。で、必然的に沖田さんの話題になる。沖田さんの彼女があの千鶴ちゃんとか考えられない。あんな子があんな性悪と……絶対千鶴ちゃん騙されてる。
「私の事嫌ならいっそ無視してくれた方がいいよ」
一気にグラスのビールを煽る。そうだ、私が嫌いなら放っといてくれたらいい。私に女気がないのは分かってる。どうせオッサンだよ、オッサン上等。でもあんな可愛い子の前でぐらい、ちょっとおしゃれなお姉さんで居たいって思うじゃない。自分の彼女が来てるからって調子乗りすぎじゃない?
と、そこまで考えてやめた。今更どうしようもないことでうだうだ言うのは止そう。
「でもさ、総司がなまえの悪口言ったのっておかしいよな」
平ちゃんが遠くのキッチンにいる沖田さんを見ながら言った。
「何で?」
「オレや龍之介に言うなら分かるけど…そんなにお前と面識ない千鶴には言う必要ないだろ」
「私に恥かかせたかったんでしょ」
平ちゃんも龍ちゃんも、飲み続ける私を置いて黙り込んだ。二人に目を向けると、平ちゃんがぼそりと呟く。
「なあ、なまえ。総司が本当に悪いやつだと思うか?」
「そりゃもう!少なくとも私には!」
「でも、」
「平ちゃんと龍ちゃんは……沖田さんと付き合い長いからだよ」
なんか、私…なんでこんなにむきになってるんだろ。
「沖田さんの方が私のこと嫌いなんじゃない」
あの日の夜のことを思い出す。電車でうたた寝していた私を起こして連れ出してくれたのはあの沖田さんだった。多分、本当は彼は悪人なんかじゃないって思う。
結局「ありがとう」すら言えないまま、沖田さんがどんな人かもよくわからないまま、私はいつもの表面の沖田さんだけ見て、ただ怒ってるだけなのかもしれないって、思う。
私が沖田さんとすぐ口論になるのは、あの人の言うことがいちいち正しいから。
全部わかってるのに。

○ ○ ○


「ぎもぢわるい」
「うわわわわわお前ここで吐くなよ!!」
「龍ちゃん……ポリ袋」
「ああああ!待ってろすぐ持ってくる!」
悪酔いした……。ああ、気持ち悪い…。スタッフルームで伸びている私を看病していた平ちゃんがふと顔を上げた。隣の部屋から誰かの声がする。
「何でって。どうして僕にそんなこと聞くんです?」
「なまえが随分気にしてたぞ。自分はお前に嫌われてるんだってな」
「………」
沖田さんと原田さんだ。なんか雰囲気シリアスだな……なまえって私のこと?ああでも今はとりあえず全私が吐きそう…オエエ…
「それにお前、自分でもわかってるんじゃねえのか」
「………」
「本当は嫌いなんかじゃねえんだろう?」
どくりと心臓が鳴る。原田さんが珍しく怒ってる。私の愚痴、聞こえてたんだ。
「俺はお前の生活を崩したくはない。お前と千鶴とのことも、」
「だったら!放っといてくださいよ!僕が誰を好きだとか、そんなこと左之さんに何の関係が、」
机を叩いた原田さんを、沖田さんがじっと睨み付ける。怖いと、思った。
「俺は……正直お前の好きな奴はどうだっていい。だけどな、女に恥はかかせるな」
…何で、そんな話になってんだろ。本当、私って情けない。重たい頭で立ち上がって、少しだけ開いていた扉を勢いよく開く。そして、びっくりしたような顔の二人ににかりと精一杯笑う。実はまだお酒が抜けきってなくて気持ち悪いんだけど。
「原田さん、ありがとうございます。私のために。でももう大丈夫です」
「なまえ、」
沖田さんは私とは目を合わせようとしない。
でも言わなきゃ。
「……私、バイト辞めます」
「…どうしてだ!別にお前が辞める必要は、」
ちょっと声が震えた気がした。作り笑顔もバレバレだったかもしれない。それでも言うんだ。私がいなかったら沖田さんも文句は言わないだろうし、そもそも沖田さんは私の嫌味しか言わないんだから。
「私がいたら、沖田さんの気分を害しちゃうし、私もつい悪口言っちゃうし。今まで、本当に平ちゃん龍ちゃんや原田さんにも迷惑かけてばっかで」
「そんなこと、お前が気にすることじゃねえ。辞める必要もねえ」
「ありがとう、でも決めたんです。明日のバイトが終わったら、店長に言います。あと1日あるけど……お世話になりました」
平ちゃんと龍ちゃんは、何も言わなかった。原田さんはちょっと寂しそうに笑ってくれていた。
私は、沖田さんの顔を見れなかった。


置いてきぼり


これで沖田さんも清々するだろうし。私も自分のいやなところを晒さなくて済む。そう思うのに、じわりと前が滲むのは何故。