第一印象はがさつな子。話してみての印象はおじさん。そのくせ、たまに女子。僕の中でのみょうじなまえの立ち位置は、絶対的に変わらないはずだった。
僕の彼女は、千鶴ちゃんという。顔はかわいくて、性格ももちろん良い。ちょっとからかってみても、反応は上々。まさに僕のタイプ。この子とお付き合いが続けば、ゆくゆくは結婚して、一緒に幸せに暮らす。そう信じて疑わなかった日々に、まるで落雷のように事は起きた。
彼女は僕と同い年で。最初の出会いもバイトの面接で、とてもじゃないけどロマンチックとは程遠い。彼女の面接官が僕と左之さんだったのだ。
「どうしてこの店のバイト志望なんだ?」
左之さんの質問に彼女はこう返した。
「だって私食べるの好きだし」
それだけ?もっと他にないの?ここのご飯が美味しいとか、キッチンの人がイケメンだとかさ…そもそも食べることが好きって、うちの志望の理由として成り立ってないし。僕がそう呆れ返っている間にも、隣で左之さんが「よし合格」と一言呟いていた。ちなみに理由は「飯を愛し、かつ顔がかわいいから」。まあなんとなく予想は出来ていた。

○ ○ ○


「わはははは!!!」
「ちょ、なまえ!はっ、ぎゃははははっ!!もうやめてくれって!」
始業前の夕方。オレンジ色に染まった空気と、休憩室から聞こえる平助くんと伊吹くんの声。彼女の名前が出てくるあたり、また変顔でもしてるんだろう。本当、変わった子だ。やれやれと携帯を見ると、メールが来ていた。


from:雪村千鶴
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Sub:こんばんは
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今、小鈴ちゃんと一緒にいるんです。
それで、晩御飯を総司さんのお店に食べにいくことになりました。
バイト姿の総司さんが楽しみです。それでは。



僕は平助くんの気持ちを知っている。でも千鶴ちゃんは気付かない。そのこととみょうじさんは何も関係がない。それでも、僕の彼女の千鶴ちゃんが来たことを知ったとき、みょうじさんはどんな顔をするのだろうかと、僕の心臓は跳ねるように脈打つ。
今までだってずっと、恋愛対象外だったじゃないか。どうして今さら、こんなことで僕がもやもやしなきゃいけないの。そう思いながらも、携帯を握ったまま、しばらく突っ立っているしかできなかった。

○ ○ ○


「いらっしゃーせー!2名さま入ります!」
到着した千鶴ちゃんたちを出迎えたのは、ホールを担当していたみょうじさんだった。
「皆さん、こんばんは」
2人がいきなり僕らに話しかけたことに驚いたのか、彼女は「え?」と停止した。伊吹くんがびっくりしたように出迎える。平助くんは早くも千鶴ちゃんと話をしていた。きっとこの間の風邪のことを心配してるんだろう。
「伊吹はん、ちゃんと働いてるん?サボってばっかりじゃあきまへんよ」
図星を突かれた伊吹くんの慌てる姿を見ながら、料理を作る手を止めないように集中する。
「う、うるせーよ!あ、なまえは面識なかったよな!こっちが沖田の彼女の千鶴さん。俺も今日が初対面なんだ。そんでこっちが俺の幼なじみの小鈴」
「えっ!!小鈴ちゃんってあの小鈴ちゃん!?龍ちゃんが好、モガガッ」
「なまえ!余計なことは言わなくていいから!!!」
「なまえさん、綺麗な方やなあ」
「えへえ!?こんなかわいい子にそんな言われたら嬉しいなー!」
小鈴ちゃん、誉めなくていい。
「おー、お前ら来たのか!まあゆっくりしてけよ!」
そして奥から新八さんと左之さんが出てくるのが見えた。千鶴ちゃんと小鈴ちゃんは席についている。メニューの説明をするみょうじさんは、にこにこ笑っていた。

○ ○ ○


「総司さん」
やっとオーダーの消化が落ち着いて、休憩室に戻った僕のところに来たのは千鶴ちゃんだった。
「どうしてここに?」
「なまえさんが教えてくれたんです」
優しくて綺麗な方ですね、と千鶴ちゃんが呟いて。僕は口を開いていた。自分でもびっくりした。
「彼女は見た目は完璧だけどね。中身はおじさんなんだよ」
「そんな、」
口は必要以上に饒舌になる。まるで何かやましいことを隠す小学生みたいだ。
「バイト帰りの電車では寝過ごしそうになるし、下ネタと変顔は当たり前だから合コンも片っ端から惨敗、たまに休憩室でお酒飲んで酔っ払って僕に絡むし―――」
「ちょっと」
ぽんぽん出てくる彼女の悪口と、後ろから聞こえる声がリンク。彼女は仁王立ちで、ため息をついた。
「あ……なまえさん、違うんです、総司さんは、」
そうフォローしようとする千鶴ちゃんに、優しく話しかける彼女は、僕を正面から見て言った。
「いいの。でも私のこと何も知らないくせに、分かったような顔して、初対面の子にいろいろ吹き込むのは…正直気分悪い」


やってしまいました


いつもはへらりと笑う口が、今日は堅く結ばれている。彼女の耳元のピアスが、僕を責めるように冷たく光った。