何で千鶴と付き合ってんのがオレじゃなくて、総司なんだろう。きっとオレの方が千鶴を思う気持ちは大きいはずなのに。寝ても覚めてもずっと、頭の中は千鶴の笑顔なのに。
なんて、どうしようもないことを考えて。オレは最低だ。自分の幸せのために友達の感情を無視しようとしてるんだから。嫌になって道端に転がる石をブーツの爪先で蹴る。コンと音がして、石は溝に落ちた。久しぶりにサッカーやりてぇな。
今日は新八っつぁんに頼まれて仕込みを手伝うことになっているから、いつもは家に帰ってから居酒屋に行くんだけど、今日は大学から直接行くことにした。まだ明るい空が優しく地を照らして、影が落ちる。
「本当、思い通りにならないことばっかだなー!」
近くを歩いていた子どもがオレの方を見てびくりと警戒した。んだよー何か恥ずかしいな!

○ ○ ○


「よっす!」
「遅いぞ平助。早く肉を切れ」
オレより先に仕込みをしていたのは、新八っつぁんでも左之さんでもなくて、はじめくんだった。ホール組だけで仕込みをするのは初めてかもしれない。
「なまえは?」
「用事があるらしく、開店する頃に来るそうだ」
「そっか」
大きくて深い鍋に、解体した骨付き肉をばらばらーっと放り込む。これを新八っつぁんの秘伝のダシで煮込む。他の居酒屋がどうかは知らないけど、ここは冷凍とか使わないし、食べ物は全て新鮮だし。皆料理上手いし。いい場所だ。
あとはいくつか漬物の用意と、皿の準備をするだけだ。めんどくさい仕込みも、たまにやると結構いいもんだ。
「そういや総司は?」
「今日は休みだ」
「そうなのか?あいつ…どうしたんだろ」
「千鶴の通院に着いて行くと言っていた」
「えっ!まじかよ!千鶴どっか悪いのか?」
はじめくんは淡々と言ってのけたけど、オレは千鶴が体調を崩したことすら知らなかった。病院に行ってるなんて話も初めて聞いたんだ。
「お前に心配を掛けたくなかったから、敢えて黙っていたのだろう」
それでも。彼氏でも何でもないオレにもっと頼って欲しいって思うのは、わがままなんだろうか。


○ ○ ○



「なあ、はじめくんはさ」
「何だ」
「なまえと総司のこと、」
「……」
はじめくんは何も言わない。ずっと一緒にいるオレにも、はじめくんの考えてることが分からないことはよくある。
「オレさ、最低なんだ」
「……何故そう思う」
「オレはもうずっと前から千鶴が好きだから……総司がなまえと付き合ってくれないかなって、期待してんだ」
「……」
「汚いよな、オレ」
ぽん、とはじめくんがオレの肩に触れる。励ましてくれているのかもしれない。でも、置かれたその手には確かに重さがあって。
「自分の幸せを願うのは当たり前ではないか?」
「……でも」
「想うだけなら自由だ。…と言うより」
蒼い眼がじっとオレを見る。
「……なまえは総司が好きなのか?」
「だってあいつら、仲良いし…ずっと二人でやいやい言ってるし」
「俺には分からん。左之も伊吹もなまえと総司に進展を求めているが……二人がしているのは愛を育むことはおろか、喧嘩ではないか」
「え?」
うおーーーはじめくん鈍!!まじでか!!オレにはあんなのもうお互い好き合ってるようにしか見えねぇ。持っていたお玉がからんと音を立てて落ちた。それを慌てて拾う。
「ま、いいんだけどな」
「…そうか、だが平助。お前もあまり自己嫌悪するな」
「うん。ありがと、はじめくん」
相手が自分に振り向いてくれないのなら。せめて自分の気持ちだけでも操れたらいいのに。抑えられない感情と戦うのは辛いのにな。


○ ○ ○



「ちーっす!遅れてめんご!」
「遅い。そして何故お前は客用の入り口から来たのだ」
「何か裏口車停まっててさー」
「おおおおなまえーいいから早く着替えて手伝ってくれ!」
なまえが登場したのは忙しさがピークに達した頃で、キッチンの左之さんがオレのお盆に皿とビール瓶を最大限に乗せ終えた後だった。
「え、何。今日キッチン原田さんだけ?」
「おう。今日はかなりやべえ」
「あ、じゃあ私が手伝う!沖田コノヤローもいないし!原田さんと二人とか俺得!」
そう言って髪の毛を括り始めるなまえの顔はほんのり紅くて。左之さんの腕に抱きついちゃってやけに嬉しそうだし?あれ……。しかも左之さんもまんざらじゃねえ感じだ……。
「平助」
「何、はじめくん」
「今のを見る限り……なまえが好きなのはむしろ左之ではないのか」
何だかオレにも理解出来なくなってきたよ。


恋路迷走中


自分の恋愛だけで手一杯なはずなのに。どうしてだかなまえの恋愛沙汰には首を突っ込まずにはいられないんだよな。