「龍ちゃんじゃん!」
「お、なまえ」
「今日は私たちと誰?」
「原田と沖田だよ」
一週間ぶりにシフトが重なった相手はなまえだった。ピンをくわえて長い髪を頭の上でだんごにする彼女の耳元で、ピアスが揺れてきらきらしている。ちぇ、沖田コノヤローも一緒か。笑顔から一転、そう言って嫌そうな顔をする彼女は、相変わらず沖田のことが気に食わないようで。バイトで顔を合わせる度にムカつくとか胸糞悪いとか言ってる。まあ、その気持ちはわからなくもない。沖田の傍若無人な振る舞いに、俺も被害に合うときがあるし。……つまみ食いしても殴られるし。
「おー、お前ら揃ったか?今日も始めるぞ!」
「「はーい」」
ただそんなことは関係なしに、店長永倉の一言でバイトは始まる。

○ ○ ○


俺はなんとなく、なんとなくだけど……沖田はなまえに気があるんじゃないかと思う。根拠はない。でも、例えばあいつがなまえにちょっかい掛けるとき、馬鹿にするようなことは言うけど、傷つけるようなことは言わない。過酷な言い付けはするけど、不可能なことはさせない。それは一応、沖田なりの加減なのかも知れない。
「おい龍之介、何ぼーっとしてんだ」
原田に話しかけられて、はっと気がつく。運ばなければならない皿がカウンターからはみ出るほど置いてある。……いけね。
「す、すまない!すぐ持っていく!」
「ったく…」
キッチンから立ち上る湯気と、料理の香り。俺も腹が減ってきそうだ。俺は酒は飲めないけど、ここのおつまみはうまい。客とのやり取りは面倒なときもあるけど、原田や沖田のようにキッチンに比べたら楽だし。好条件なバイトだと思う。
「お待たせしました」
「あ、ビール追加で」
「何本ですか?」
「じゃあ、2つ!」
俺と客がそんなやり取りをしてる間にも、キッチンの方からは二人の会話が聞こえてくる。
「だー!ほんと沖田さんムカつく!お客さんにナンパされるようにおしゃれにしたのに」
「君が僕に聞いてきたんじゃない。だから似合わないって言っただけなんだけど」
「そういうのはお世辞でも似合うって言うのが普通なの!ね、原田さん!」
「俺は世辞抜きでいいと思うんだけどな」
「やっぱり原田さんは男の鑑ですね…」
「ふん」
どうやらなまえの髪型について論議がなされているらしい。彼女は目鼻立ちが整っているし、いいんじゃないかと俺は思うけど。やっぱり沖田が素直に誉めることはないようで。
「なあ、原田」
「んー?」
しばらくして、沖田が裏口に調味料を補充に行っている間に、原田にそっと話しかける。なまえも酔っぱらいの処置に追われて、ここには居ない。遠くから若干悲鳴が聞こえるが、今は聞こえないふりをした。
「沖田って…なまえのこと」
「おお、龍之介にしては良い勘してんな」
「……やっぱり」
普通に好きだなんて、やっぱり言えないもんなのか?例えば俺だったら……好きなやつ?……いやいやいや、どうして小鈴が浮かんだんだ…あいつは気も強いし口うるさいし…って、俺のことはいいんだよ。
「まあ…総司には女がいるし、な」
「そうなのか!?」
「知らなかったのか、お前」
からかうのは、もっと自分を意識して欲しいから。
おしゃれを似合わないなんて言うのは、他の男に取られるのが嫌だから。
全ては…好きだから?じゃないのか。ずっと俺はそう思っていたけど。
「ま、お前もまだまだガキだな」
「なっ、」
「りゅ、龍ちゃーん!ヘルプ!助けてーー!!バケツ持って来て!」
「あーはいはいはい!今行く!」
俺にはよくわからないけど…原田も沖田がなまえを好きだというのには賛成らしい。二人、これからどうにかなるんじゃないのかな。

○ ○ ○


「今日は大変だったねぇ…」
「ああ…」
「お客さん、弱いなら飲むなよ……」
やっと怒涛の勤務時間が過ぎた。休憩室の机に散らばるなまえのヘアピンをじっと見つめる。
「なあ、なまえはさ」
「んー?」
「その、好きなやつとか」
「んー…どうだろ。いたらもっとかわいくなれるかも?」
「…いないのか」
「…うん」
沖田に彼女がいなかったら。もしかしたら二人はくっつくのかもしれない。そんなことを考えて、やめた。俺が介入することじゃないよな。
「龍ちゃんは小鈴ちゃん?だったっけ」
「う、いいんだよ…俺のことは」
「いいなあ私も青春したい!大学生だけど…」
何で俺はこんなことを本人に聞いたんだろうかと考えてみる。そうして分かる。
やっぱり俺は…二人にくっついてほしいと思ってんだ。なんだかんだ良いながら仲は良いし、ケンカの最中にも愛情?みたいなのを感じるっていうか……。


それっていわゆる


ケンカップル…?とかなんとか。前に誰かが言っていた言葉が頭を過る。まさにそれだ。