結局、いろいろあったけど、なまえはバイトを辞めなかった。ていうか皆で止めた。さすがに僕ですら、彼女が辞めるとなるとせっかく確保した男性客を逃して売上が下がることがわかっていたから、一件落着で何より。ということにしとく。
「お前らは本当に……仲が良いのか悪いのか」
「わっ、私は!総司がどうしてもって言うから付き合ってるんです」
「僕だって。なまえを放って置いたら、一生恋愛出来ないままでかわいそうだなと思ったから仕方なく」
「ああああ腹立つー!」
結局僕たち、付き合う前と付き合う後で何が変わったんだろ。お互い、名前で呼び合うようになったぐらいかな。
あとはバイト終わりに駅までの暗い帰り道を、二人で並んで歩くようになった。彼女が襲われたりするはずないけど、見かけはいいから念のため。こつこつと靴の音が2つ、ばらばらのリズムで鳴る。ふと思い出したようになまえが口を開いた。
「そういえば」
「何」
「駅、私と同じなの?」
前に私、電車の中で起こしてもらったよね。なまえがとぼけたような顔をして言う。
「君は本当にダメな女の子だね」
「えっどうして私怒られてるの!?」
「あの日、平助くんからメールが来たんだよ。夜遅くて危ないから、電車内で痴漢とかに会わないように見てやってくれって」
「平ちゃん……!」
「いや、君が感動するのはそこじゃないから。仕方なく僕はわざわざ、君がいる隣の車両まで移動した」
「仕方なくって何」
「それで君が下りる駅に着いて、ふと隣の車両見たら君が寝てるから、焦って下ろそうとしたら勢い余って僕まで下りちゃった」
「うそーん……」
「嘘なわけないでしょ。終電出ちゃって帰れないから結局ビジネスホテルに泊まったし」
こんな子のために僕がお金払ってホテル泊まって、かなりイラッとしたけど。そんな子が今僕の隣を歩く子なんだから。何があるかわからないよね、生きてたら。
「総司」
斜め下から、普段の半分以上小さな声が僕を呼んだ。
「ありがとう」
かなり恥ずかしそうに、でも嬉しそうに。なまえがはにかむから。
「もういいよ。今さら」
僕も悪い気はしなかった。ああ、いつもこんな風に女の子でいてくれたらいいんだけど。
「お詫びにスルメあげるわ」
そう言ってがさがさとカバンの中からすごい臭いのイカ(開封後)を取り出したのが、僕の彼女。この飲んだくれが。


○ ○ ○


バイト前に髪を結いながら思う。結局総司は付き合いはじめても態度があまり変わらない。もっとベタ甘な感じかと思ってたけど。ま、それも気持ち悪いか!にしても、あんなに私に嫌味しか言わない彼が私を好きで、あんなにムカついてた彼を私が好きになるなんて。今でも信じられない!
「はいこれ、あげる」
「何これ」
「千鶴ちゃんに君の悪口言ったお詫び」
渡された袋を開けてみるとピアスが入っていた。大ぶりの、かわいいやつ。
「おおおお!」
「無くしたって騒いでたし、買い物ついでに」
「ありがとー!今から着ける!」
鼻歌まじりに今のピアスを外す。ついでとか言ってるけど、彼はこれを買うのに結構悩んだんじゃないかな。ほんと、素直じゃないんだから。


○ ○ ○



今日のバイトはフルメンバー。連休の祝日だし、客もきっと多い。ホールは相変わらずよく働くはじめくんと、慌ただしい平ちゃんと、つまみ食いばっかの龍ちゃん。キッチンは居酒屋ソムリエ原田さんと、それから。
「なまえは一度に2つしか運べないの?要領悪すぎなんだけど」
「お皿大きいから落としそうで怖いんだって!そんなこと言うなら総司が運んでよ」
「僕はキッチン。君はホール。完璧な僕が君の仕事まで取ったら君の存在価値がなくなるから遠慮してあげてるんだよ」
「ああああ嫌味ムカつくー!」
そんなやり取りをしていると、お客さんがオーダーを出してる。急いで席に向かう。
「オーダー承りまーす」
「おっ、なまえちゃん!見かけないピアスだねー。新しいやつ?」
「そうなんです!」
常連さんが話しかけてくれる。この距離なら総司にも聞こえるかな。
「私のために彼氏が時間かけて選んでくれたんです、多分!」
そういうとお客さんが笑う。騒がしい空気の中でも、私の声ははっきり届いたようで。後ろをこっそり振り返ると、口元に手を当てて顔を赤くした総司がいた。


ごちそうさま!


この先もこんな小学生みたいな恋ができたらいいな、なーんて。少し離れたところの総司がべ、と私に向かって舌を出した。



***end***
ご愛読ありがとうございました!

詠理 130715