「なまえちゃん、3番に生2本よろしく!」
「はーい!」
「なまえ、17番に焼き豆腐!」
「オッケー!」
とある町のとある居酒屋。騒がしい店内と柔らかく光る電球、慌ただしく動き回る店員たち。
「ちょっと沖田さん、煮物まだ?」
「君がさっきからこそこそつまみ食いして僕の邪魔するからでしょ。太るよ?」
「太っ…らないし!」
「あーはいはい、総司もなまえも喧嘩すんなって!!」
「おーいお前ら!皿もオーダーも溜まってるぞ!」
今日も満員のお客と、呼び止められる声に急き立てられながら、夜は更けていく。

○ ○ ○


「だあああやっーと終わった…足痛い!」
「オレは腕にきた!やっぱビール瓶7本一気に運んだからかな…」
「お前らお疲れぃ!今日は1人欠員がいて大変だったなー」
バイト終わり。目の前に仁王立ちで、残り物の焼き鳥をかじる男、永倉新八。彼はここ「居酒屋ぱっつぁん」を営む店主である。ちなみに私はただのバイト。同じくバイトの平ちゃんがぽつりと呆れたようにこぼす。
「はじめくん居ねぇと大変だなー。ったく新八っつぁんはこれだから」
「そういえば今日はじめくんどうしたの?」
「新八っつぁんがシフト間違えたんだよ!」
「まじでか」
「おう、すまねぇな」
店長は自分のせいで私達が忙しくなったのに悪びれる様子もない。がははと笑っている。
「いいじゃない。君たちホールはキッチンより楽でしょ。僕らが作った料理運ぶだけなんだから」
後ろから聞こえてきた言葉にちょっとカチンと来る。ホールだって大変だ。オーダーは多いし、腕痛いし、ときには酔っぱらいの絡みを振り切らないといけないこともある。
「ホールやったことない人に言われたくないしぃ」
「君だってキッチンやったことないでしょー」
「ありますー。原田さんが休んだときに一回だけ。っていうか私普段料理できるもん!」
「ふーん」
uzeeeeee!☆
意地が悪そうににやにや笑うこの男とはしょっちゅう衝突する。沖田総司。私と同い年で、同じバイト仲間だけどいつも何かが噛み合わない。きっと大学の友達とか少ないんじゃないかって思う。初めて私がバイトに入ったときも、全く何もわからない状態だった私にいちゃもんをつけるばっかりで、結局何も教えてくれなかったし。その時は原田さんがいたからどうにかなったけど。要は意地が悪い。あととりあえずうざい。他のスタッフは皆いい人だ。今日はいないバイト仲間のはじめくんも、原田さんも、龍ちゃんも。そんなことを考えて、はっと時計を見る。
「あっ終電ヤバい!平ちゃん、帰ろう!」
「うわあああ急がねえと!今日大分遅くなっちまったな!」
「気をつけて帰れよー」
「僕も帰ろ。じゃあね新八さん」
「おう総司!お疲れ!」

○ ○ ○


駅の階段を駆け上がって、逆方面の平助と別れる。階段を駆け下りて、ホームに既に来ていた電車に間一髪で飛び乗った。なんとか間に合ってよかった…!
それから、空いた席を見つけて座る。あまり人がいない。終電ていつもこんなもんなのかな。にしても今日は疲れた…足がぱんぱん…。お風呂でマッサージしなきゃ。
そんなことを考えて、ふと隣の車両を見ると、見慣れた姿があった。イヤホンをした沖田さんが、ドアに凭れて立っている。
同じ方面だったんだ。知らなかったな。……まあどうでもいいんだけど。私の家は居酒屋から3駅離れた場所にあるから、バイトに行くには比較的便利だ。沖田さんはどこの駅なんだろう。
「…って、そんなことどうでもいいんだってば」
小さく呟いて、私は目を閉じた。

○ ○ ○


「起きて!」
「っ、は」
手を引かれて電車を降りる。寝ていた頭が急に起こされたためにぼーっとしてしまう。指先に感じた熱が温かかった。
「何考えてるの、3駅で降りるのに寝るなんて」
「ご、ごめんなさい!」
何故か私の目の前に沖田さんがいて、私は混乱している。つい寝ちゃったんだ。それで起こしてもらったんだ……。カバンを手渡されてようやく自分の立たされている状況に気づいた。
「あ、あの……ありが」
「全く、どんくさいなあ。そんなだから君はバイトも満足にできないんだよ」
はん、と鼻で笑われるように放たれた言葉が脳内に響く。…いい人かと思った私がバカでした。
「っ……ムカつく!」
「せっかく起こしてあげたのに。君は恩を仇で返すんだね」
あれ…?ここで降りたってことは、駅同じなの?そう聞こうと思って振り向いたけど、彼の後ろ姿はもう遠くに離れていた。


やっぱり嫌なやつ


結局ありがとう、って言えなかった。そういえば、彼は私が3駅目で降りることを知っていた。