「先生」
「どうした」
「好き」
「はいはい、ありがとな」
このやり取りを一体何回したんだろう。それでも私の想いは降り積もっていくだけで、溶けてくれない。
体育委員の私と、大人気体育教師の原田先生が結ばれるなんて、万に一つもないなんてわかってる。どうにもならない想いほど苦しいものはない。それでも私は先生に伝え続ける。
「先生はいつも流すけど、」
「……」
「私は本気なの。こんなに人を好きになったことない」
「名字」
先生の笑った顔。かっこいい。でも辛い。まるで私にごめんと伝えているかのような顔だ。
「お前が大人になったら、俺はおっさんになってる」
「それでもいい」
「きっとお前は俺を置いて、他のやつの所へいくよ」
「行かない!」
「……人ってのは、今を一番大切にする生き物なんだ。その時になったらお前の気持ちも変わるかも知れない。それは仕方ねぇことだよ。俺も、傷付きたくない」
「そんな……」
何も言えなかった。私が気持ちを伝え続けることで先生が傷付くのは嫌だと思った。

それから、私は先生と話すのを止めた。怖くなったのだ。体育委員の仕事もサボった。先生に会いたくなかった。
結局先生がどうとかではない、自分が傷つきたくないだけだった。私は弱虫だから。



私は大学生になった。遂に先生と一回も話す事なく高校を卒業し、今は何故か朝からカフェでバイトをしている。ああ、肩痛い。
「いらっしゃいま…」
お客さんを案内しようと振り向いた先に立っていたのは、何年かぶりに見る先生だった。
「お前がいるって聞いてな」
「先生…」
「上がりはいつだ?」
「昼ですけど……」
先生はずっと私のバイトが上がるまで待っていた。コーヒー片手に新聞を広げる姿は相変わらずかっこよくて、私は仕事中だと言うのにちらちら先生を見ていた。それでも目が合うと、反らすしか出来なかった。なんて情けない。



「終わりました。お待たせしちゃって…」
「……久しぶりだな。元気だったか」
「はい」
何処に行くのかも決めず、私たちはぶらぶら歩いていた。先生は何でもないことのように言った。
「お前、綺麗になったな」
……どうしてそんなことを言うのだろう。また勘違いしてしまう。私が先生と結ばれるかも、なんて期待してしまうじゃない。道端にあるもの全てが視界から消えて、空間には私と先生しかいないように感じた。空気が冷たい。
「…やめて」
「……名字?」
「もう私に関わらないで」
「、どうしてだ」
「だって私…先生のこと、また好きになっちゃうでしょう」
先生は悲しそうな顔だった。昔見たあの顔と似ている。胸が痛かった。
「……ごめんな。俺は…お前が、ずっと好きだった」
頭の中に先生の言葉が響く。ずっと好きだった?どうして…?俯いていた先生は顔をゆっくりと上げた。
「あの頃は一応教師と生徒という立場があったから、何も出来なかったんだ。俺は弱虫だ」
「……」
「でもお前がいなくなって、今度はお前を失うのが怖くなった」
「……」
「何も、変わらねぇな」
私は先生の手をぎゅっと握った。すき、大好き、愛してる。言いたいことは言葉にならなかったから、代わりにただ手をぎゅっと握った。先生は私の肩を抱いた。

道路の車は私たちを置いて、どんどん走っていく。時が止まったままなのは私たちの間だけだった。
「どうして言ってくれなかったの」
「すまねぇ」
「弱虫」
私がそう言うと何故か先生は笑った。



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