放課後の教室に、ペンを遠慮がちに走らせる音が響いては止み、響いては止む。
「わかんない」
「何故だ」
「わかんないものはわかんないよ!!」


今日の物理の授業内容は力学。プリントを前に頭を抱えて唸る私を見た斎藤くんは、最初こそ傍観していたが、やがてその深刻さを知ったからか、授業が終わったと同時に言った。
「今日の範囲は押さえて置くべき場所だ」
「……発展問題なんて無理だしー」
「いや、今回の発展とは名ばかりだ。……俺でよければ…今日の放課後に教えるが」
物理に限らず全成績トップレベルの彼には発展問題も朝飯前かもしれないけど。悄気る私の目をじっと見詰める斎藤くん。
「お、お世話になります…」


こうして今、放課後の教室には泣きそうな私と斎藤くんだけが残されていた。
「ここは公式通りだ」
「う……」
「まさか、公式を覚えていないのか」
ばつが悪くなって下を向いた私の教科書を、横からぱらぱらと捲る手。綺麗な指だ…。すでに私の意識は物理から飛んでいる。
「……名字」
「はっ、はい!」
「お前は基本的な所は出来ている。少し慣れたら応用も直に解けるようになるだろう」
「あ、りがと……」
なんでこんな私の面倒なんか見てくれるんだろう。斎藤くんが余裕で解ける問題がわからない私を、どうして彼は放って置かないのだろう。
「……斎藤くん」
「何だ」
「どうしてわざわざ勉強見てくれるの。ごめんね。私バカだから…見てたらイライラするでしょ」
そう言って笑った私を、斎藤くんは睨んだ。……あれ…何か怒らせたかな…。
「自分のことをそのように卑下するものではない」
「……でも」
「お前は馬鹿ではない。俺が保証する。……それに」
斎藤くんは、一瞬動きを止めた。そして、呟くように言った。
「何故かお前は放って置けん」
そうして再び、教科書に目を落とす斎藤くん。そんなこと、言われたの始めてだ。思わず顔が熱くなる。何か恥ずかしい。そんな私を見て彼は自分の言葉の意味に気づいたのか、みるみるうちに頬を染めた。
「た、他意はない。俺が好きでやっていることだ……だから、お前が気にせずとも良い」
普段口数の少ない彼が、焦るように饒舌になる。なんだかちょっと子どもみたいでかわいい。

「ありがとう」
「……ああ」
再び戻ってくる静寂の中で、私と彼の手が重なる。暖かいなと思った。



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