「もうやだ無理辛い」
「……俺は止めたぞ」
目の前で子どものように泣きわめく名前と、その傍らに立ち尽くす俺と。周りの人間がちらちら俺たちを盗み見るようにして避ける。きっとその印象は芳しくない。
「駅前で泣くな。恥さらしだ」
「千景のバーカバーカ!もういい!」
付き合っていた男が浮気していた。そんなお決まりの出来事に、名前は思いっきり打撃を受けているようだった。
「私、魅力ないんだなあ」
涙がじわりと滲むその瞳にいつか俺は映るのかと、ふと考えて、止めた。気が付けば俺は名前の世話係で、恋愛相談だのテスト勉強だのに付き合ってきたが。
俺が未だに何も動かないのは、名前を困らせてやったら哀れだからだというのに。きっとこいつは鈍い奴だから、俺がわざわざ口にするまで気づかんままなのだろう。
「魅力が無いとは思わん。だが人を見る目が無い。軽い男は止めておけと何度言えば分かる」
「いいよもう…」
そう言ってまたぼろぼろ泣き出す名前。口がへの字になっている。ああ面倒臭い。冬の寒さと、鈍感女への苛立ち。それに加えて、突き刺さる他人の視線。
「好きだったんだもん」
鼻声でそう告げた名前。それにより、遂にぷっつりと、俺の平穏を保っていたものが途切れた。何で俺だけ。
「……おい。お前は本物の馬鹿者だな」
「…何で」
「俺がお前を好いていることにも気づかぬのか」
勢いに任せて目の前の泣き面を掴むと、大きく見開かれた目。ぐっと顔を近付けて目を覗き込む。近づいた頬がうっすら赤い。
「……千景まで私を笑い者にしたいの」
「冗談ではない」
「だって私のことおっさんだって言うじゃない」
「そのおっさんが好きだと言ったらどうする」
一気に顔を赤くしてたじろぐ名前は、やっと俺を意識し始めただろうか。その答えを聞く前に、唇を押し当てた。

息も出来なくなればいい。