「土方さん、今日も残業?」
「ああ」
「…お疲れさま。お先に失礼します」
「気をつけて帰れよ」
バサバサと書類を捲る手を止めて微笑む彼は、私と同期とは思えない。早々と昇格し、あっという間に私の上司になってしまった。それでも何故か、敬語を使うと未だに、止めてくれと言われるのだけど。
会社を出て急に周りに人が居なくなったからか、ちょっと寂しくなってしまった。よくあることだ。
「差し入れ買って来ようかな」
どうせ一緒に飲みに行くような人も居ないし。帰ったって一人だし。久しぶりに土方さんに付き合って残業に明け暮れるのも悪くないなと思った。真っ暗な空と街灯が綺麗だった。



「土方さん」
近くで買ってきたお弁当を持って部署に戻ると、電気の消えた部屋の中に寝息が聞こえた。ヒールがコツコツと音を立てないように歩く。
「土方さ…」
「ん、」
「差し入れ買ってきたんだけど…」
「……名前」
一言、土方さんは呟いて、また眠ってしまう。…私の名前?んなわけないか。同じ名前の彼女…なのかな。土方さんに彼女がいるとか、あんまり考えたくない。眠っている彼に、そっと私のカーディガンを掛けた。それに気付くかのように、ぴくりと土方さんが起きた。
「あれ、名字…」
「ごめんなさい、起こしちゃった?」
「いや…それよりどうしてお前が此処に居る?」
「何か帰ったら一人だと思うと帰りたくなくなったの」
そうか、と土方さんは笑った。お弁当を渡すと、土方さんは黙って私を見つめた。
「もしかして苦手だった?」
「…いや、そうじゃねえ」
「?」
「そうじゃねえんだ、ただ…毎日、お前が傍に居てくれたらって」
「?いいけど。じゃあ私も明日から残業しようかな!」
「いや、そういう意味じゃねえ……まあいいか」
「お茶淹れてくるから待ってて」
「ああ…サンキュ」



「はい、どうぞ」
「済まねぇな」
「土方さんいつも頑張ってるんだから。それくらい気にしないで」
そういうと土方さんはまた黙ってしまった。そういえば、と私は口を開いた。
「さっき、寝言言ってたわ」
「何て言ってた?」
「名前…って。彼女の名前?」
こんなこと言うつもり無かったのに。私、上手く笑えてるかな。ちょっとぎこちないかも知れない。からかうつもりがだんだん虚しくなってきた。
「違う」
「へ?」
「それはお前の事だ」
うすぼんやりとした中に土方さんの、少し赤に染まった顔が見える。わたし…?どうして?土方さんはばつが悪そうに前髪をかきあげた。
「大体お前が鈍いんじゃねえか」
「鈍…!?」
「……入社した頃からずっと変わらねぇな」
「え」
「俺は、ずっとお前に惚れてんだ。いい加減気づけ」
私がその言葉を理解するのは、もう少し後の話。





私の心臓は尋常じゃなく動いているのに、今日も静かに夜は更けていく。そっと、土方さんの手が私の手に重なった。そのままそっと、キスをした。


お返事音祢さまへ!