土方歳三から電話があったのは夕方頃のことだった。
「遅くなっちまって悪い。今帰りの新幹線の中だ」
「お疲れさま。じゃあお会いするのはゆっくりしてからの方がいい?」
「いや、今から会おう。俺もお前に話すことがある」
口では冷静を装っていても、内心は緊張状態が解けない。電話を持つ手に力が入る。
「わかったわ。どこでお会いすればいいかしら」
「今日は駅のホテルに泊まる予定なんだが、部屋でもいいか?ゆっくり話したいし、人間のたくさんいる場所に疲れちまってな」
「ええ」
「また部屋は後で連絡する」
これは偶然なのか。ホテルで、しかも個室で会うという先方からの指定。まさに暗殺のシチュエーションにぴったり…!と私が千景に言うと、千景は大きく顔をしかめた。
「それは…お前の体目当てではないのか」
「ホテルの個室とか完全にフラグだよな」
「やっぱり?どやぁー」
「名前、おふざけでは済みませんよ。今からでもレストランで待ち合わせにしたらどうですか」
「九ちゃんまで…」
「天霧の言う通りだ」
いやいや、そこ…ちゃんとしたホテルだし。その前に私一応殺し屋だし。襲われるくらいならきっと殺し屋失格だよ。それに遊びに行くんじゃない。相手を殺めに行くの。
「まあ、くれぐれも気を付けろ」
千景はぶっきらぼうに私の手を握った。そしておでこに小さくキスをした。なんか照れる。
「お前は…綺麗になったな」
「…ありがと」
「行ってこい」
「うん。頑張ってきます」
私を送り出した千景が小さく呟いた言葉は、幸か不幸か私の耳には届かなかった。
「愛している」



「ここか」
メールに書いてある部屋の前で立ち止まり、照らし合わせて確認。チャイムを押すと、ガチャッとドアが開いた。見馴れた顔が出てくる。どくんと心臓が鳴った。
「待ってた」
土方歳三に続いて部屋の奥に入ろうとドアを閉めた。
その時、壁に強く打ち付けられてキスをされる。
「!ん…っ、」
息をする間も無かった。息が切れる。グロスがとれて、彼の唇に付く。でもお構い無しに、彼の舌が入ってくる。
「ひ、じ…たさ…」
「っ…は」
長い長い口付けのあと、土方歳三は私から体を離し、背を向けた。足に隠した銃が存在を主張するかのようにそっと触れる。今しかない。殺さなきゃ、殺してやらなきゃ…!と思って手を伸ばした瞬間、土方歳三が振り返る。
「俺をどうする気だ?」
紫色の瞳が私を睨み、背中を冷たい感覚が包む。どうして!どうしてこの人は感づいて…!
「永倉新八」
「っ…!」
「うちの社員だ。昨日、お前から電話が来た後で、新八から電話がかかって来た。そして…しばらく総司達と連絡が着かなかったことを知った。だがお前は昨日、会社で総司に会ったと言った」
「……」
「何が望みだ」
私は黙って拳を握った。土方歳三がそっと私の唇に触れる。
「お前は俺を愛してる」
「…止めてよ」
「どうして…どうしてだ!!」
不意に、自分の頬が濡れているのがわかる。どうして…?涙が止めどなく流れる。
「っ…あなたは10年前、私の…両親を撃った」
「何を言って…」
「名字名前、それが私の本当の名前よ」
男がはっと息を飲むのがわかる。ようやく思い出したのね。私はこの10年間、片時も忘れたことは無かった。
そして今も、この男が私を苦しめる。ねぇ、いつになったら私は楽になれるの。
「お前の両親は…」
「……」
「お前と同じ、殺し屋だったんだ。俺達…薄桜の、敵だった」
「嘘よ!そんなはずない!適当なこと言わないで!!」
千景達だって、お父さんとお母さんは何もしてないって言った。二人が殺し屋だなんて信じられる筈がない!!
「信じたくないなら信じなくていい。…お前の両親は、お前をアメリカに置いて帰るつもりだったんだ。自分たちのように、追われて、追い続ける人生を歩ませない為に」
「そんな……!」
「だがお前は結果的に殺し屋になっちまった」
「嘘よ…そんなの…」
足の力が抜ける。じゃあ今まで私がしてきたことは?お父さん、お母さん…。歯を喰いしばる。目の前の男が哀れむように私を見る。その胸に飛び込みたい。すがりついて泣きたい。誰か私のネジを巻いて、動けるようにして。私はそっと立ち上がって言った。
「…私は、両親の代わりに貴方を殺さなきゃならない」
「俺も…仲間の代わりにお前を処分しなきゃならねえ」
「気が合うわね」
「ああ」
最後に私達は、もう一度キスをした。今度は触れるだけの、子どもみたいなキスだった。涙が滲む。それを土方さんが指で掬う。耳元で、大ぶりのピアスがしゃらんと音を立てた。


/その肩にすがるまで