「もしもし土方さん?今お時間いいかしら」
「ああ、大丈夫だ」
「今日会社に行ったら土方さんは出張ですよーって沖田さんに言われちゃって」
「そういえば言って無かったか。すまねぇな」
会話越しに聞こえる声に心が踊る。ちょうど声が聞きたかった頃だった。が、ここまで現金すぎる自分が少し嫌だった。
「近いうちにお会いしたいの」
「…わかった。取引先との交渉が終わり次第、連絡する」
「ありがとう。待ってます」
「ああ、またな」
電話を切っても、花が綻ぶように笑うあいつの顔が頭に浮かぶ。最近は気がつけばいつも、あいつが頭の中を占めている。もっと知りたい、もっと触れたい、もっと見ていたい、俺のものになればいい―――。
ネクタイを外そうとして不意に気づく。彼女にもらったネクタイピンが、そこにあることを主張するかのように手に触れた。俺があいつに渡したピアスは今、耳元で揺れているのだろうか。自分がたった一人の女に左右されていることが痛いほど分かる。ならば向こうも俺に左右されればいいと思うのはエゴイズムなんだろうな。もう若くないのに恋なんぞに夢中になる自分に苦笑する。自分は何も持たないと決めたってのに。駄目だと分かっているのに。失ってからでは遅いのだと知っているのに、本能はいつも意志に逆らう。
その時、ついさっきまで好きな女の声がしていた携帯が、急に音と光を放った。ディスプレイを確認して電話に出る。
「もしもし?」



遂に来た。周りの人間を順番に排除してから、最後に土方歳三を片付ける。その作戦はとうとう終盤までたどり着いているのだ。
「よくやったな。あと少しだ」
「みんなのお陰だよ!」
千景は私の髪の毛を撫でた。匡も私の腕の凄さに感服したらしく、にこにこしている。九ちゃんは相変わらず無愛想だけど、やっぱり誉めてくれた。
「で、ラストステージはどうするつもりだ?」
「やっぱりホテル…密室で殺す」
「うはあ!カッケーな名前!」
「うへへーやっぱりそう思う?」
持ち前の色仕掛けでね、と言うと匡はわははと笑った。でもどこか、みんな私を寂しそうに見る。
多分千景は、この一件が片付けば私に殺し屋の仕事をさせる気はないのだ。最初から私を、この復讐の為に、育て上げてくれたのだ。ずっとずっと、大切にしてくれたのだ。
とてもありがたい。涙が出るぐらい。幸せな人生を私にくれた千景達には感謝してもし切れない。だから尚更、私は殺し屋を辞めたくない。これからも千景達の役に立てるように、もっと進化していたいと思うのだ。
「大丈夫。きっとうまくやってみせる。今日はもう寝るね!」
そう言って自室に戻ると、ドレッサーの上に小さな箱が見えた。土方からもらったピアス。紫色の宝石がついている。
「…別に、こんなのいらないし」
嘘。本当は雑誌で見たときにすごく欲しくて、でもさすがに高くて千景にも言えなくて。そんな物を、まさに殺そうとしている憎い敵からもらうなんて考えてもみなかった。
“よかったら、これ。お前に。こないだの出張中に買ったんだが”
“えっ、これ…”
“ネクタイピン貰ったろ、それの御返しだ”
私が彼にあげたのは、プレゼントでも何でもない。GPS付きのネクタイピンなのに。騙されちゃってバカじゃないの。いつもの私ならそう思うはずなのに。
“よければまた着けてきてくれ”
そう言って目の前の男があまりにも優しい顔で笑うから。私はただ、作り笑顔でありがとうとしか言えなかった。
どうしてこんな出逢い方だったんだろう。なんで会社の上司と部下とか、同級生や幼なじみとか、先生と生徒とか、他の関係じゃ無かったんだろう。考えても変わらないのに、どんどん気持ちが溢れだす。
彼をかっこいいと思ってしまった。殺してやると強く思ったと同時に、あの男のまだ見ぬ一面に気づいてしまう。何でも知っていて、私が笑うと一緒に笑い出して、たまに照れて赤くなって、ちょっと乱暴な態度を取る。でもまた微笑む。もっと話して、見つめて、触れられるならどれだけいいかと思ってしまった。今さら決心が揺らぐなんて最低だってわかってる。それは千景達の気持ちを裏切ることになる。でも本能はいつも意志に逆らう。
彼がどうして私の両親を殺したのかは知らない。でも彼がどれだけ自分たちの会社と仲間を大切にしてきたかは分かる。それは彼の目を見れば、話を聞けば絶対にわかるのだ。
私は羨ましかったのかも知れない。普通の会社員も経験したことのない私には、彼の話はいつも刺激的過ぎた。楽しそうに話す彼に、、柔らかく微笑む彼に、少しずつ惹かれていったのだ。そんなはずはないと意地を張りながら。駄目だと分かっていながら。
それでも、もう後には退けない。私は沖田さんに藤堂さん、斎藤さんと原田さんを監禁している。土方さんはそれに気づいてない。もうチャンスは今しかない。
決戦の日には、このピアスを着けて行こう。とびきりおしゃれなドレスを着てやろう。めっちゃ高いやつ。華々しく最後を飾ってやる。
「ばいばい、」
私の初恋。


/泣いたアメジスト