どうしたらいいのか。困ったことになった。だが自分でも不思議なくらい、落ち着いている。
事は昨夜に遡る。総司、平助と依頼を片付けるために目的の路地に行き、そこで二人と別れた。昨日は総司が手を下す予定だったから、平助と俺は路地の入り口で見張りをすることになっていた。しかし予定の時間が経っても、連絡が来なかった。俺の方からも連絡が取れない。急いで路地の奥に入っていくと、道の端には無惨にもバラバラになった2つのGPSが転がっていた。
「なあ斎藤、やっぱり…」
「駄目だ。土方さんは大事な会議の最中。出張中にご心配をお掛けする訳にはいかぬ」
まずは二人の昼の仕事をどうにかしなければならない。それから、今夜のことも。



人通り仕事を終わらせ、繁華街を斎藤と歩く。辺りは賑やかで能天気だ。
「今日のターゲットは?」
「写真のこいつだ。0時頃に例の店。いつも通りなら2時前後に、出てきて泥酔し切った所を狙う。俺がタクシーを装い、待機しておくから、左之はターゲットと乗り込んでくれ。一瞬で行う」
「わかった」
「それから、」
斎藤は普段と表情を違えずに言った。総司と平助が居ない今、何が起こるか予想できない。気を付けて行動するように…と。
「了解。また後でな」
俺はその場を後にし、店内へ向かった。
適当なカウンター席に座ると、適当に度数の低いカクテルを注目した。ふう、と息を吐く。カクテルが出されると、一気にそれを煽った。
「お隣、いいかしら」
ふと隣から声がして、グラスを置いて目をやる。雪村名前だった。ドレスから覗く手足がすらりと動く。
「おお、あんたは鈴鹿さんとこの」
「雪村名前です」
「奇遇だな。こんな所で会うなんて」
嫌な予感しかしない。何だって依頼のある日に、依頼のある場所で此の女に会うのか。これは偶然なのか?しかし、目は雪村名前を捉えて離さない。艶めく唇。白い肌が誘うように光る。女はにこやかに微笑む。同時に、目当てのターゲットが店に入ってくる姿を確認する。
「…綺麗だな」
「そうね。ここ最近建て直ししたみたいだし」
「いや、店のことじゃねえ」
お前の方だ、と言うと、きょとんとしてから頬を緩ませる雪村名前。
「原田さんは冗談がお上手なの?」
「いや、俺は女には嘘は付かねぇ主義だからな」
「まあ、うふふ」
そんな会話を続けながら、ターゲットの監視を続ける。しばらくして、雪村名前が急に頭を押さえて黙り込んだ。
「どうした?」
「ちょっと体調がおかしいの。お手洗い、着いてきてもらえるかしら」
「ああ、立てそうか?」
手洗いまで、肩を貸して雪村名前を連れていく。その体は驚くほどに軽い。女は輝く洗面台に掴まって頼りなく立っていた。
「大丈夫か?」
そう声をかけた瞬間だった。
「動かないで?」
銃口が胸に当てられる。しまった、と思ったが、既に俺の腰にあったはずの銃は抜き取られていた。思わず舌打ちをする。
「何のつもりだ?」
「決まってるわ」
ぎらぎらと睨み付ける目は、先程の気分の悪そうな目とは全くの別物。長い睫毛が震える。
「このまま黙って店を出るのよ」
そういうと女は俺の腕と自らの腕を絡ませた。もちろん、銃は俺の腰に当たっているまま。去り際に店内を見やれば、ターゲットはまだ店内にいる。店の外に出て、細い路地裏に連れ込まれた。くそ、どうにかして斎藤に知らせなければ…。
「残念よね。あなたも沖田さんも、藤堂さんも、斎藤さんも、皆」
「どういう事だ…!」
「…土方歳三なんかと一緒に居るだけで、ね。あなたは女性に優しいのに」
そう呟いて寂しそうに微笑んだ雪村名前の顔を見たのが最後。後ろからハンカチを口に当てられ、ぐらり、世界が揺れる。俺は意識を手放した。



「遅かったな左之」
「……」
「おい、ターゲットはどうした」
「……」
「!」
左之だと思っていた男と、ターゲットだと思っていた男が車に乗り込んでから、後ろも見ずに車を急発進させたことを後悔した。それではこいつらは一体誰なのかとミラーを覗くと、そこには見覚えのある女と見知らぬ男が乗っていた。
「あー、ヅラはやっぱ蒸れるわ」
「名前!お前やるなぁ!俺、帰りに時計買ってやるよ」
「やったね!キャッホー」
左之に扮するための赤い鬘を脱いだのは雪村名前。その隣には青い長髪の男がいた。朗らかな声で会話する二人とは裏腹、俺の首筋にぴたりとナイフが宛がわれる。
「斎藤さん、ごきげんよう」
「…あんたは何故俺達の邪魔をする」
お察しの通り、私は土方歳三狙いよ。そう吐き捨てて獣のように目を光らせる雪村名前。土方さんが危ない。
「左之はどこだ」
「うちの力仕事担当が手足縛って連れてったぜ」
「さすが九ちゃん!」
さて、そろそろお前も眠る時間だろう?青い長髪の男が俺の後頭部に一撃を加える。身動き一つままならない状態で、俺は目を閉じた。


/嘘つきのワルツ