「最近、土方さんの調子がおかしい…っていうか気持ち悪いんだよね」
「どうしてそう思う」
「話しかけてもぼーっとしてることがあるし、立ち上がって部屋をうろうろしたり、スマホの画面をじっと見てたり」
「まさか、お体の調子が…」
「そうこうしてたら電話がかかってきて、いきなり微笑み出すからさ。僕としては背筋が凍る思いだったよ。案の定、女だったけどね」
総司は小指を立てて言った。意外だ。あの土方さんが絆されるとは、一体どのような人物なのか、多少興味はある。
「ほら、雪村名前って覚えてる?うち主催の立食パーティーのときの」
「ああ…そうなのか」
「うん。でも…やっぱりあの子怪しいんだよね」
確かにそれはそうだ。データベースに情報はなかったが、いくら鈴鹿グループの者とはいえ、公私共に土方さんに急激に近づいている。土方さんもまんざらじゃないのであまり言えないのだが。
「あの子がふと辺りの人や風景を見回すとき、目つきが女豹のようになる」
「…言いすぎじゃないか」
「嫌な予感がするんだ」
そして冗談半分の総司のこの言葉は、悪しき夢では留まらず、現実へとなっていく。



「任務完了…っと」
依頼をこなし、銃をポケットに仕舞う。今日は出番が無かったそれは、月の光を冷たく反射する。すっかり夜がふけてしまった。
「気の毒だよねえ…明日には死体で発見されちゃうなんてさ」
一言そう漏らし、夜の地を踏みしめる。コツコツと僕の歩く音だけが響き渡る。その時だった。
前からカツリカツリと音がして、人影が忍び寄る。女物の、ハイヒールの音だった。どうしてだ、向こう側には平助がいるはずなのに。思わず建物の陰に隠れ、仕舞った銃を取り出す。足音は近づいてくる。今ここには僕一人しかいない。見つかれば、もう一人殺さなければいけなくなる。
「沖田総司」
凛とした声が闇にじんわりと染み込む。僕の、名前?そういえば聞いたことのある声だ。仕方ない。
「こんばんは」
そう言って諦めて声のする方に銃を構える。その先に立っていたのは他でもない、雪村名前―――。
瞬間、発砲音とともに僕の頬を弾丸が掠める。ぽたりと赤い雫がスーツに染みを作った。
「ご覧のとおり私は本気よ」
「うん、そうだろうね。ところで平助は?」
「さっきの子?大丈夫、生きてるわ」
「そうじゃなくってね」
どこに行ったのかって聞いてるんだよ!僕は叫んだと同時に雪村名前に向かって走り出す。
「あなた程度じゃ私は堕とせない」
バチバチと足元から音がした。どうやら物騒なスタンガン付きのハイヒールらしい。素早く交わしたが手は振り払われ、首横を一撃される。
「ぐっ…」
「ふふ、私結構できる女でしょう」
「…土方さんレベルかな」
その一言で、雪村名前の目が、薄闇の中でもわかるほど煌めいた。腹部に強い衝撃が加えられ、すかさず反撃に出て、回し蹴りを入れる。だから僕は気をつけたほうがいいって言ったのに。やっぱり土方さんの首狙いじゃないか。
「そこまでだ」
後ろから声がして、振り向いたと同時に後頭部に強い痛み。薄れゆく意識の中、僕がようやく見つけたのは、焔のように紅い目と煌めく金髪―――。ああ…これで繋がった…。
「千景っ」
「手足を縛れ。いつ起きるかわからぬ」
「うっす!」



「う…」
「平助、気が付いた?」
「総司…?え、オレたち何で縛られて、つーかここどこだよ!」
「うるさい」
「いってぇ!蹴るなよー!」
目を覚ますと床の冷たさが頬に伝わった。隣に手足を縛られた総司。見るとオレの両手足も縛られている。四方はコンクリートの壁とドアのみだ。
昨日、総司が依頼をこなしている間、オレは路地の入り口を見張っていた。そこに現れたのは雪村名前と雪村千景。あっという間に薬で眠らされたらしい。頭がギシギシと痛む。反対側の入り口を見張っていた一くんがここにいないってことは、一くんは無事なのか?ネクタイの裏に着けていたGPSも姿を消している。
「完全にやられたね。また土方さんにどやされるよ」
「それよりどうすんだよ!オレ達…」
やっぱり雪村兄妹は黒だった。でもそのことを土方さんたちに伝える術がない。ぎりりと歯を食いしばる。同時に目の前のドアが開いて、女が現れる。
「雪村名前…!」
「無様ね」
「黙れ!オレ達にこんなことする目的は何だ?」
紅いルージュが弧を描く。にこりと微笑んだその女は嫌になるくらい美しく、そして冷たかった。
「もちろん、お察しの通り土方歳三の命だけど?」
「なっ…」
すると黙っていた総司が口を開いた。
「どうして土方さんなの?」
「……」
「僕たち全員じゃないのはどうしてかと思っただけなんだけど」
雪村名前はその質問には答えず、一瞬見せた痛々しい表情を残して部屋を出ていった。


/僕を呼ぶ声が聞こえない