いつからか。朝と夜の顔が全く別物になったのは。
「次の獲物は明日、いつもの場所に午後7時」
「了解」
法に触れることをし、手は血塗られ、傷は今までの罪を物語るかのように疼き、それでもずっと繰り返さなければならない。自分の命が尽きるまで。それでいい。幸せはいらない。失うのが怖くなって何もできなくなる。俺は一人でいい。
「あら、土方さん。こんにちは」
出張から帰ると、自室前に立っていたのは雪村名前。黒髪が窓から差し込む陽に照らされて艷やかに光る。相変わらず絵になる女だ。綺麗な目の形をしている。
「ああ、どうも」
にこりと笑ったそいつは資料を抱えていた。今日会社にくるとは聞いていなかったが。…まあ鈴鹿令嬢のきまぐれというやつか。
「実は私、今日は土方さんにお話があって来たの」
「じゃあわざわざ俺の帰りを待ってたのか。すまねえな」
結局、パーティの後に徹夜で探したデータベースの中からは、雪村二人と思われるものは発見されなかった。まあ思いすごしに越したことはないが。鈴鹿さんとことも仲良くしなきゃならねえしな。ちらりと雪村を見やると、もう一度にこりと笑って言った。
「土方さん、今日はもうお仕事ないんでしょう?」
「ああ、出張の帰りに会社に寄って書類だけ置いて帰る予定だったからな」
「じゃあ少し付き合ってくださらない?」



ホテルのトイレで千景にメールを打つ。"作戦成功!"と表示された画面を見て、息を吐いた。土方歳三と二人きりで今から食事をする。とうとうこの時がきた。表向きは会社の話だけど、内部の情報をできるだけ掴みたい。
受信したメールを開くと"落ち着いて行動しろ"と書かれてあった。もちろんよ。私があいつを落としてみせる。カツカツと鳴るヒールの音に、体が引き締まるのを感じた。
「遅くなってごめんなさい」
「いや、気にするな」
土方歳三。社内でも特に頭が切れ、時期社長候補と言われるだけのことはある。すごく教養がある。それだけじゃない。世の女が惑わされるのもわかる。不意に見せる笑い顔とか、困ったように前髪を掻く仕草とか、物憂うような表情とか…本当に絵になる。まあ私は靡かないけど。
「私も…人をまとめる立場になってから、結構悩みとか生まれてくるの」
「そうは見えねえけどな」
本当は会社なんかで働いたこともない。私はずっと殺し屋。ずっとずっと、心の中の闇を大きく大きく育ててきた。お前のせいで。握りしめた手が震える。必死に耐える。あんたが私の親を殺さなきゃ、私はきっとそんなふうに普通に会社で働いて、社内恋愛でもして、普通の幸せを得てたのに。それでも今、こうして、虫唾が走るほど嫌な相手の前で、私は必死に耐えなければいけない。
「さすがだな。鈴鹿さんとこで働いてるだけのことはある」
「そうかしら?土方さんこそ、すごい教養じゃない」
仮面のように上辺で笑って、ある程度の情報収集をして、私たちは席を立った。窓から見える夜景が綺麗。本当は真っ黒で、この男を殺すことしか考えていないような私の目もあんなに綺麗ならいいのに。ずっとずっと、土方歳三を騙し続けて…最後には私自身の手で殺めてやりたい。
「これ、連絡先。自分から教えたいと思ったやつにあったのは初めてだ」
「それは光栄だわ。ありがとう」
私はそれを受け取り、仕舞った。まだまだ先は長い。



「ただいま」
当然返事が帰ってくるはずもなく。鞄をソファに放り投げると、携帯が鳴った。雪村名前からだった。
"今日はありがとうございました。またご一緒しましょう"
生まれて初めて、自分と同じかそれ以上の人間に出会った。才色兼備、男の敵みたいなやつだ。久々に楽しいひと時だった。彼女の話は興味深く、いつまでも話していてもいいと思うくらいだった。しかしどうしてだろう。すべて心から話しているのだろうか。ほんの一瞬だが儚く翳る目、きつく結ばれるきれいな唇が頭から離れない。まるでコンピューターに組み込まれているシステムのような―――。
「まるで仮面をかぶっているような」
ぼそりと口にした言葉は、誰もいない部屋の中で空気に混ざって消えた。深入りはいけない。自分に言い聞かせるように何度も頭の中で思う。
大事なものを失いたくないなら、はじめから何も持たなければいい。頭ではわかっている。でも何故だ。



「で、土方歳三の連絡先(個人的な)をゲットしてきましたー!」
「やるじゃねーか名前!」
「でっしょー!?」
千景のマンションに戻ると、みんなが深刻な表情で待っていた。なにもそんなに心配する必要ないのに。
「今日はご苦労だった。早く休め」
「うん、ありがとう」
リビングを抜けて、となりの部屋のベットにダイブする。なんだか疲れた。瞼が重い。あのときのことをうっすら思い出そうとして、止めた。なくなればいい過去の記憶。水泡にとけて、なくなればいい。


/青痣に真珠