「それでは、始めさせていただきます」
壇上で司会を務めるのにはもう慣れた。香水の香りを纏った、中身のない人間達を前に、挨拶を手短に終わらせる。
壇上から降りると、斎藤が話しかけてきた。
「土方さん、お疲れ様です」
「ああ」
「もし体調が悪くなりましたら仰って下さい。代わりに挨拶をする準備をしておきますので」
「ああ、すまねぇな」
斎藤は仕事が出来る。もちろん表も裏も。さて、作り笑顔を振り撒かねえとな。



「土方さん、お元気?」
「鈴鹿さんじゃねえか」
どいつもこいつも俺の機嫌を取る為に近付いてくる招待客にうんざりしていたとき、気さくに声を掛けてきたのは鈴鹿グループの令嬢、鈴鹿千だった。その隣に女が立っている。見たことのない顔だ。
「今日はね、仲間をご紹介するわ。うちの新しい経営戦略室長よ」
「はじめまして」
そう言ってにこやかに笑う。短いドレスから見える細い足。光る唇。差し出された名刺には"雪村名前"と書いてある。
「皆さんはあちらかしら?私はちょっと藤堂さん達と会ってくるわね。名前、土方さんとごゆっくり」
二人きりになって、柄にもなく言葉が見つからなかった矢先、雪村名前が口を開いた。
「失礼ながら…私が鈴鹿から聞いていた土方さんは、もっとご年配だと思ってましたの。こんなに若くてかっこいい方だと思わなくて」
「よく言われる」
「あら」
ふふっと微笑むこの女の大きな目に、笑顔に、吸い込まれるようで。初見なのに…どこか、この感じを知っているような気がした。
「おい、」
「あっ、土方くーん!」
呟いた言葉は、俺を呼ぶ大きな声によって掻き消された。大鳥さんか、と思わず苦い顔をする。
「では土方さん、また」
くすくす笑いながら細い指をひらりと動かし、女は他の場所へ行ってしまった。その後ろ姿を見送る。
「…雪村名前、か」




「ミーティングは以上だ。今日のパーティー、ご苦労だった」
パーティーが終わり、その後のミーティングが終わろうとしている頃だった。
「土方さん」
「平助か、何だ」
「ちょっと念のため聞いてもらいたいんだけど」
平助が話した内容は、パーティーでの不審な人物のことだった。差し出した名刺を見ると、"雪村千景"と書いてある。雪村…。
「鈴鹿グループの新しい面子か」
「あれ、土方さん知ってたんですか?」
「一人だけ会って話した。確かそいつは金髪の派手な男だろ?」
「そうそう!」
平助の言い分はこうだ。今日のパーティーで、雪村千景という男が平助に話しかけ、社内部の情報収集とも取れない行動をしていたらしい。そして、鈴鹿グループを隠れ蓑に何か目的を果たそうとしているのではないか、というもの。敢えて平助に話し掛ける辺り、少し疑わしい気もする。
「どういう意味だよ!」
「そのままの意味だよ」
「しかし…考えすぎじゃねえか?ちょっと薄桜に興味持っただけだろ」
「だけど、」
「俺も左之に賛成する…それだけではやはり証拠不十分な気がする。たまたまだろう」
雪村か…やはり調べてみる価値はありそうだな。あの女が俺達の敵になれるとも思えねえが。鈴鹿グループとも昔からの付き合いだしな。
「一応調べてみるか」
何か裏があるとしたら、雪村千景と雪村名前は偽名。同姓を名乗る辺り、兄妹か親類を演じているのだろう。事務に情報はないかと連絡してみた所、3日前に鈴鹿グループの代表者が急に鈴鹿千一名のみから雪村千景と雪村名前の追加で三名に変更されていた。
「それも怪しいな…普通無いんじゃねえか」
「3日前になって何で急に…そもそも雪村二人の目的は何なの?」
「いや、俺達一応裏で殺しとかしてるし…目的を探そうとすれば死ぬほどあるけど…」
「明日、とりあえず鈴鹿グループに雪村二人の間柄を問い合わせてみるか。本当のことを言ってくれるかわからねぇが」
PCを起動する指が、嫌な予感のせいで動きにくい―――。
おびただしい数のデータベースから探すとなると、吐き気を催しそうだったが、おそらく奴らは日本人、百歩譲ってもアジア系だ。朝までには見終わるだろう。
「何があっても…俺達はやることやるだけだ」


/ブラッディかロージーか