「日本着いたー!!あああー!」
「いやー長かったなー…14時間か…」
日本に着いて、私は匡がはしゃいでいる横で、九ちゃんと千景はぐったりしている。税関を難なく抜けたけど、もちろん私たちが使うのは偽装パスポート。ちょっと緊張したけど戸籍は日本なのは事実だし、普段は日本語を話すから怪しまれることもなくてほっとした。
「ねえねえー免税店で時計欲しいー」
「不知火に買ってもらえ」
「…」
なんだかんだで九ちゃんの手配どおりにここまで来て、あとは千景の持つマンションに移ることになった。
10年前の幼かった自分の記憶はほとんど無い。でも私は、お父さんとお母さんが居て一緒にくらすことがあたりまえの、普通の女の子でありたかった。今は千景たちがいるから寂しくない。でも2人を殺された直後は、私はただただ寂しかった。部屋の隅で、人の温かさも忘れて泣いた。
バスから見える東京の夜景が綺麗だった。ここが私の住んでいた街なのだと、思った。



「今回の目的は言わずもがな、土方歳三だ。薄桜は表向きは普通の会社だが、裏では殺し屋をしている。ただし薬の密輸や高利貸しはしていない。…うちと同じだ」
「そういや…どうして名前の親は殺されたんだ?」
千景は私のほうをちらりと見て、一瞬戸惑いを見せた。でもすぐに向き直って言った。
「奴等に殺された者は皆、汚職や恐喝、殺人などをしていた。即ち、薄桜は自己の利益のために人殺しをするのではない。銃や剣の能力が強いものが集まり、依頼を受け、恨みを買うような人間を処分する。俺が今回薄桜の人間を殺すよう依頼されたのも、以前薄桜によって処分された奴等の仲間からだ」
「おい、それって」
匡が声を荒げる。私は耳を塞ぎたくなった。聞きたくない、止めて…それ以上言わないで…私のお父さんとお母さんは…
「それが…名前の両親は別だ」
「え?」
千景は眉間にしわを寄せた。私は今すごく間抜けな顔をしているんだろうなと思った。
「お前の両親は何もしていない。善良な一般市民だ。それだけに薄桜に殺される理由も見当が着かない」
そんなの…なおさら許せるはずがない。どうして?どんな理由があっても、薄桜を、土方歳三を許すまいと思っていた。それなのに殺された理由が分からないなんて。無差別に殺されたなんて。
「私っ、何があっても自分の命に代えてでも土方を殺す!今すぐアジトに乗り込む!」
「落ち着けって!名前!」
「私は親を殺されてる。千景たちが救ってくれたからよかったけど、救ってくれなかったら…私きっと自分で死んでた。それだけ親を奪われた悲しみは大きいんだよ…最悪私はどうなってもいいから…」
「だめだ」
千景は言い放った。ねえ、じゃあどうして、そんな顔して…
「俺には親など居ない。顔すらも覚えていない。だからお前の気持ちなど理解できん」
「そんな、」
「だが名前、俺はお前に死んで欲しいとは思わぬ。お前が死んだらそれまでだ。土方を殺せたとしても…お前が死んでは意味がない。俺が…そうして欲しくないと言っている」
そう言うと千景は私を腕の中にぎゅうと閉じ込めた。温かい。

私は10年前からずっと、この熱に救われたんだったね。忘れてたよ。


「というわけでだ。手早く土方を処分してアメリカに戻るぞ。その為にも無計画では駄目だ」
「うん!作戦立てよ!」
そこから、詳しい情報の整理をした。土方は普段は会社に通い、主に夜や仕事が休みの日に依頼をこなす。現在の薄桜の社長である近藤勇が倒れ、今のところは次期社長候補であるらしい。趣味は俳句。一方千景のターゲットである沖田総司は、土方の下で働いている。同じく昼間はサラリーマンで夜は殺し屋。この2人に共通して言えるのは、優れた銃の腕前と、女を惑わす美貌。千景もかなり顔は整ってると思うけど、そのレベルに匹敵するんじゃないかと思う。まあ私は簡単に惑わされないけど!
「それで明日、近くのホテルで薄桜主催のパーティが開かれる。そこに俺たちも紛れ込むぞ。知り合いの会社に手は回してある」
「じゃあ私もお得意のお色気大作戦で」
「一発行っとけ名前!」
「よーし頑張る!!おいしいものあるよね?」
「だ、か、ら。遊びに行くのではないぞ!」
土方となるべく接近して、2人になる機会を作る。そこでさくっと依頼をこなして終わらせてしまおう。待ってろ土方、私は負けない。



/不透明レディ