「…お腹すいた千景ーごはんー」 「……名前」 千景が眉間に皺を寄せて不機嫌そうな顔になる。うーん、めんどくさいけど仕方ない。 「ごめんごめん、わかったって。次はどこ?」 「日本だ」 「えっ、故郷じゃん!やったー!久しぶり!」 「お前は相変わらず…黙っていれば別嬪なのだろうが…」 「普通にしてても別嬪だってば」 アメリカに旅行に来ていたときのことだった。私の横を歩く両親が、いきなり銃で撃たれた。楽しい旅行になるはずだった。しかし両親は赤に包まれ、地に伏せている。何が起きたのか理解できないまま、私は見知らぬ大きな男の人に体を抱えられて車に乗せられ、その場から連れ去られた。結果的に警察には行かず、日本にも帰らなかった。きっと私は、行方不明として扱われていただろう。ある人に拾われ、育てられたからである。 それは、私の両親を撃った人を殺す為にその場にいた風間千景。彼も立派な殺し屋だ。彼は涙を流し震える私に聞いた。 "悔しいか" "うん" "仇を、討ちたいか" "……うん" "ならば俺達と来い" 私は千景の元で、両親を撃った奴に復讐することを誓った。あれから10年が経つ。 「だんだん名前も殺し屋らしくなってきたな」 「そりゃそうだろ。かなりの依頼こなしてるし、何より風間に教育されりゃ」 「だって千景が細かいことにうるさいんだもん」 匡がケラケラ笑う。千景が怒る。九ちゃんが呆れた顔をする。私はこの雰囲気が好き。みんな普通にしてたら全然殺し屋に見えないし、家族みたいなものだし。 皆にはすごく感謝してる。銃を握ることと引き換えにかなりわがままな生活をさせてもらってるし、私を可愛がってくれる。 「ところで天霧、日本に行くということは」 「そうです。……名前」 皆が一斉に私を見た。急にしんとなって、時計の秒針が進む音が響く。 「あなたの両親を撃った奴等を…処分する絶好の機会です。グループの頭が倒れて、内部が揺らいでいるという情報が流れています」 ……遂に、この時が来たんだ。鼓動がドクンドクンと速まる。 「そいつら…何て言うの?」 「……薄桜という集団だ」 薄桜。それがお父さんとお母さんを撃った奴等。日本人だったんだ。初めて知る事実に頭が着いていかない。 「多分…お前の両親を撃ったのはその中の、土方歳三という男だろう。実に高い腕前だった」 ぎりりと歯を噛む。土方歳三―――絶対に許さない。私がこの手で、自分の意志で殺める。お父さん、お母さん、待ってて。 それだけじゃない。千景達の役に立ちたい。私はもう子どもじゃない。絶対に取り零したりしない。そんな私を見てか、千景は言った。 「名前。今回はお前の私情が絡んでいる。よっていつもより冷静さを欠く恐れが有る」 「うん」 「気を付けろ。お前が危ないときに皆も一緒だとは限らん」 「…うん」 「特に薄桜は他の殺し屋達にも狙われてるみたいだしな」 「落ち着いて、一流の殺し屋として事に当たれ。そうすればお前にとって手強い相手では無い」 「大丈夫。……いざとなったら皆が助けてくれるもん!」 「お前、俺の話を聞いていたのか」 ちょっと震えてるのを隠しておどけたように笑うと、千景もやれやれといった様子で頭を押さえた。大丈夫、私は依頼をこなして見せるよ。そして成功した暁には銀座でお寿司食べさせてもらうんだ。 「寿司は食わさんぞ」 「えっ何でわかったの」 「……名前、ヨダレが垂れています。あなたも一人前の淑女としての自覚を持ちなさい」 九ちゃんに言われて気づく。あわてて拭うと匡が私の頭を小突いた。 「お前ほんと黙ってたら美人だよな」 「普通に美人だよ!」 「じゃあ名前が色仕掛けで、その土方って男を落とすってのはどうだ?」 匡がにやにや笑うから、むきになって返す。 「じゃあ成功したら日本で好きなもの買ってよね!もちろん匡のポケットマネーでだよ!」 「ああ、良いぜ」 「お前達、旅行に行くのでは無いぞ」 千景が怖い顔をしてそう言うから、匡と私は仕方なく部屋に戻って支度を始めることにした。 「トランクどこかな…ねぇ、私着物ほしい!」 「ずっとスーツだもんなーたまには着物着てぇよな」 「不知火、貴方まで名前と一緒になって…」 「「待ってろジャパーン!!!」」 「五月蝿い」 そう言って私達を叱る千景の手に、クローゼットに長い間眠っていた着物が握られていたのを私達は知っている。 /銃を握れ |