この一週間、俺はボロ雑巾のように仕事を片付けていた。依頼みたいな力仕事ならいざ知らず、書類相手に一日中睨めっこしているような仕事ばっかりだった。それが終わるまで、土方さんに会社から出してもらえなかった。ちなみにほぼ徹夜だ。
「新八、原田や平助にばっかりやらせてねぇでたまには書類整理しろ!」
「俺ぁ書類整理は嫌いなんだよー。文字見てると眠くなんだよなぁ…」
「ごちゃごちゃ言ってねぇでやれ!それが終わるまで部屋から出てこなくていいぞ」
「マジかよー!勘弁してくれよー!」
「新八っつぁんドンマイー」
「終わったら酒でも行こうぜ」
「うおおおおぁ!!」
飯は出前と食堂で、風呂は会社で入り、着替えはひたすらジャージだった。こうして一週間で溜まりに溜まっていた仕事を終えて、晴れて会社を出た所で左之に電話をした。…繋がらない。平助も総司も…そして斎藤まで電話に出ない。やけくそで最後の砦、土方さんに電話を掛けた。
「あいつら皆、俺からの電話に出やがらねえんだよぉー!土方さんは暇だよな?付き合ってくれよー…」
「……新八、」
「何だ?」
「今から駅前のホテルに行かなきゃならねえ」
「はぁ?何かあったのか?」
「今日がその"何か"が起きそうな日だ」
土方さんの声が低い。本気で何かが起ころうとしていることが察せられる。しかも土方さんは一人でそれに向かおうとしている。嫌な予感がする。俺は一旦会社に戻り、銃を懐に収めてホテルに向かった。


タクシーに乗ってホテルの近くに着くと、すごい人だかりが出来ていた。そのせいでホテルの敷地には進めそうにない。
「悪い、ここで下ろしてくれ」
運転手に金を払い、全速力で目的地まで走った。同様に、俺の後ろから警察官やマスコミの記者が一斉に走ってくる。胸元の銃を上から押さえ付けて走り、やっとのことでホテルにたどり着いて、俺は開いた口がふさがらなかった。

ホテル全体が真っ赤な炎を上げて燃えている。人々が逃げ惑い、消防車が放水を始め、記者たちは一斉にカメラを回す。そんな中俺は膝を落として、悔やむことくらいしかできなかった。
「…遅かった」


その後の警察の調べによると、火事が起こる前に銃声が2発聞こえたらしい。そして土方さんが泊まる筈だった部屋から発火し、原因は銃弾がブランデーの瓶に当たったことで着火、それがホテルに燃え移ったらしい。
名字名前は、最後に出ていく時に、総司、左之、平助、斎藤を目立たない路地裏に放り、約束のホテルに向かった。ようやく4人が手足を縛っていた縄をほどき、目隠しと猿轡を外したときには、すでにホテルは燃えていた。
話によると、名字名前の両親は有名な殺し屋で、当時はこの世界の誰もが知る人物だった。
だが娘には自分たちのような人生を歩んで欲しくないと考え、今からちょうど10年前に、自分たちの情報を少しでも持っている派閥を容赦なく潰していった。その時に名字夫妻と一緒に結託したのが、風間千景と呼ばれる有能な殺し屋だった。
そして、アメリカに名前を置いて、両親は自殺しようと考えていた。自分たちが生きた証を捨てるために。
ちょうどその頃、風間千景と名字に潰された世界中の殺し屋達が日本の有力な殺し屋である薄桜に依頼し、名字夫妻は殺された。風間は狙われるであろう彼らの娘を引き取り、皮肉にも殺し屋として育て上げた。それが名字名前だった。彼女は両親を撃った土方さんを憎み、復讐を誓った。そして日本に帰国し、今回のことに繋がった。

ホテルが燃えた後の捜査が行われ、たくさんの怪我人が出たが死者は居らず、土方さんと名字名前の死体は見つからなかった。土方さんはホテル放火疑いを掛けられ、身元を割り出され居場所を捜索されている。燃えかすのなかの現場に残されているのは、ネクタイピンと、紫色のピアス片方のみだった。

誰が誰を撃ったのか。
そもそもどうして酒を飲まない土方さんの部屋にブランデーがあり、銃弾が当たったのか。
射撃の名手の土方さんが、的を外すとも考えにくい。それについては名字名前についても同じことが言える。
名字名前に惹かれていった土方さんは、彼女の企みに気づき、自分が殺されれば薄桜も、名前本人も守り抜くことが出来ると考えていたのではないか。
先に恋に堕ちたのはどっちの方なのか。
今となってはどれも、真実だと確かめる術はない。二人はどこに消えたのか、誰も知る者はいないのだから。

これが俺達の身の回りに起こった全てであると、ここに記しておく。





*end*

ご愛読ありがとうございました。

120227~120930 詠理