こんがり焼けたきつね色のワッフル。そこに土方さんがすばやくデコレーションをしていく。無骨な手がソースの孤を描いて、その上に乗せた真っ赤なクランベリーでお化粧されたみたいで。私はじっとそれに見入る。
「ほら、やってみろ」
「はい」
あ、土方さんの目の下にクマができてる。疲れてる…よね。紅茶の仕入れと経営とケーキ作ってたら大変だろうな。
「何だ。俺の顔に何かついてんのか」
「なっ、なんでもないです」
ばちっと土方さんと目が合って、あわてて作業に戻る。それから土方さんは、ふっと困ったように笑った。その顔がびっくりするくらいかっこよくて、私は顔を伏せた。
「手、出せ」
土方さんの手が、私の手を覆うように重なる。そして、しゅっとソースが弧を描く。今、私の手にはほとんど力が入ってない。
「向きと力加減が分かれば上手くいくようになる」
そう言って土方さんはぐしゃぐしゃと私の頭を撫でた。それは斎藤さんより乱暴だった気がした。なぜだかわからないけど、ちょっと泣きそうになる。手も震える。心がきゅっとなって、私はしばらく黙ったままだった。頬が熱い。



バイトを終えて、帰り際に土方さんを探していると、応接室から話し声が聞こえてくる。私はドアの前で立ち止まって、こっそり聞き耳を立てた。
「わざわざすまなかったな」
「私たちの仲じゃありませんか。お気になさることはなくってよ」
「あんたにゃ支えられてばっかだな」
土方さんと…女の人の声。"私たちの仲"って、何?支えられてばっか?…あの土方さんが?
「ああ、伊東さん。俺…」
「フランスでしょう?いいんじゃないかしら。行ってくれば?資金は出すわよ」
「……」
「何か心配事でもあるの?」
「平助となまえのことで少しな」
伊東さんって誰なんだろう。平助くんと私…フランスってどういうこと?もしかして土方さんがフランスに行っちゃうの?だとしたら、このお店どうするの?
「藤堂くんはともかく、この間バイトで入った子でしょう?その子に貴方の代わりをを任せたりはできないわよ」
「…わかってる。でも俺はあいつと平助とでやっていって欲しい気もある」
どくん、と心臓が鳴った。私に一体何ができるだろう。まだ何も教わってないのに。土方さんは私に何を求めてるの?
私は、やりたいこともなかった私を救ってくれた土方さんに感謝してる。パティシエになって、一生をお菓子作りに捧げてもいいかなって思ってる。でも、その気持ちは…土方さんがフランスに行って、いなくなっても続くのかな。
私はケーキを作ることじゃなくて、土方さんに教えてもらうことが好きなんじゃないのかな。もうわからない。でもそんな生半可な気持ちじゃ、ケーキにもここの人達にも…何より本気でパティシエを目指してる平助くんに失礼だ。
でも土方さんが女の人と話してるんだと思ったとき、私の胸は確かにきゅっと音を立てた。それは土方さんに頭を撫でられたときとはちょっと違うけど、なんだかとても切なくて、私は空気に溶けてしまいたくなるような気持ちになった。


(この気持ちは何て言うの)