「手の角度をよく見ろ」
「こうですか?」
「…さっきより良くなったな」
私は頼みに頼んで、お菓子作りを教えてもらうことになった。普通ならホールに出るはずだったところを、皆快くOKしてくれた。今日の教育係の斎藤さんは予想通りのスパルタだけど、嫌そうな顔一つせずに教えてくれる。
「そういえば、みょうじ。お前は平助と同じ高校だろう」
「へっ?そうなんですか?」
「…知らなかったのか」
「……」
確かにこの間見た平助くんの制服…うちの学校のかもしれない。言われてみてやっと気づいた。同じ学年にあんなイケメンいたんだ。
「もうすぐ進路を決める頃だろう」
ぎくり、斎藤さんは痛いところを突いてくる。でも…高三で何も決まってない方がおかしいのかもしれない。斎藤さんは作業する手を動かしながら言った。
「…、平助はパティシエになるそうだが…あれでは土方さんの仕事が増える一方だ」
「え、そうなんですか?」
平助くんすごい。ちゃんと将来のこと考えてるんだ。パティシエになりたいから、あえて学生の今からカフェでバイトしてるのかな。それに引き換えて私は、ただ楽しいことを探してるみたいで。なんだかとてもちっぽけな自分。恥ずかしくなってくる。
「みょうじ」
「…?」
応えるように振り向くと、斎藤さんの蒼い目に私が映った。
「焦らずとも大丈夫だ。…その、…もし、お前に決まった目標がないのなら、ここで働けば良い。土方さんもそう仰る筈だ」
そう言って斎藤さんが差し出したのは、ラベンダー色のマカロン。…みんなわかってて応援してくれてるんだ。不器用ながらに私を励ましてくれる斎藤さんも、初めての仕事を丁寧に教えてくれた平助くんも、場を明るくしてくれる沖田さんも、みんなに優しい原田さんも。
そして、あの時私に声を掛けてくれた土方さん。
「私…頑張ってやりたいことを見つけます。動かないでただチャンスを待ってるだけじゃダメだって、皆さんに気づかされました。まだはっきりわからないけど、今はお菓子を作ることを頑張ってみようかなと思います」
斎藤さんがふっと笑った。
「ああ、できるさ。お前は土方さんが連れてきたんだからな」
綺麗な手が私の髪の毛をくしゃりと撫でる。恥ずかしくて、ちょっとうつむいてしまう。でも期待に応えられるように、お菓子を作りたい。そういえば、斎藤さんはどうしてここで働いてるんだろう。





「なまえ、頑張ってるみたいだな」
ばたんと音を立てながら、部屋に入って来たのは平助だった。ケーキを作っていたのか、甘い香りがする。
「そうか」
「なぁ、土方さん。そろそろ教えてくれよ」
「何をだ」
後ろを見なくとも、平助がむっとするのが分かった。
「とぼけんなよ。なまえを連れてきた理由だよ!」
「…………」
何も言えないままの俺に、うんざりしたかのような平助が呟いた。
「土方さん……パリに、行くんだろ?」
振り向くと、傷付いた様な顔があった。大方、原田か誰かに聞いたんだろう。
俺にもわからない。あの時、なまえに働くことを勧めたのが、あいつのやりたいことを探すのを助けてやるためなのか。それとも俺のいない場所を埋めてくれるやつを探していたからなのか。
「俺を…なまえを残して行くのか?」
「ああ、そのつもりだ」
「っ、ちょっと待てよ!なまえは、土方さんが頼めば、多分ここに残ってパティシエを目指すって言うと思う。でも…それでいいのかよ。他にも方法があっただろ。経験者を探すとか、専門学校から引き抜いてくるとか」
「……」
「どうして…なまえなんだ?」


(落ちたマカロンがひび割れた)