帰りのホームルームが終わると同時に席を立って、すぐにお店に走る。おとといまでの憂鬱な気分はどこかへ行ってしまったみたいだ。ゼリーおいしかったなあ…。お店の人たち、優しくしてくれるかな。いい人だと思うけど。ポケットに入っていた一枚の紙は、もうそこにはない。



「みんな、紹介するぜ!」
「はじめまして。君がみょうじなまえちゃん?」
「…新入りか」
「わからねえことがあったら聞いてくれよ」
「はいっ、よろしくお願いします」
えっと……左から沖田さん、斎藤さん、原田さん、かあ。…ていうか、どうして皆こんなイケメンなの!?
 平助くんもかっこかわいいし、土方さんも眉間の皺を除けばすごいイケメンだったもんね。お店繁盛するんだろうなあ…。そんなこんなで、お仕事が始まる。
「じゃあなまえちゃん、早速だけどメニューの確認しようか」
そういってドアを開ける沖田さんの後に続いて大きな部屋に入ると、業務用の大きい冷蔵庫やコンロ、料理道具がたくさんあった。ここでお菓子を作るのかな。ふと視線を漂わせる。
「わあ…!」
「ふふ、キレイでしょ」
テーブルの上のトレイには既にたくさんのお菓子が置いてある。全部手作りには思えない。すべてガラス細工に見えるくらい。チョコレートでできたクマや、飴でできたリボン。テレビで見たことあるような、大層な飾りもいっぱいある。
「これ、沖田さん達が作ってるんですか?」
私がそういうと、沖田さんは笑って言った。
「僕や平助くんにはこんなの無理だね。一くんや左之さんはたまに手伝ったりしてるけど、スイーツ作ってる人は1人しかいないよ」
「何やってんだ総司!まさかまたつまみ食いに来たんじゃねえだろうな」
いきなり後ろから聞こえた声。振り向くと、腰にエプロンを巻いた土方さんが立っていた。似合ってるけど……もしかして。
「あのっ、土方さん」
「なんだ」
やっぱりちょっと怖い土方さんに、おそるおそる尋ねてみる。
「もしかして…このケーキ作ってるのは土方さん、ですか?」
ちらりと横の沖田さんを見ると、にやにや笑ってる。土方さんは顔を少し赤らめて乱暴に言った。
「ああそうだ。…どうせ似合わねえとか思ってやがんだろ」
「そんなことないです!」
髪をかき上げる顔は恥ずかしそうで、出会ったときとは似ても似つかないくらいだ。土方さんだったんだ。ここにあるケーキも、シュークリームも、マカロンも、クッキーも…全部、全部。こんな怖い人がこんなかわいいお菓子を作ってるなんて。
 そして思った。私もこんなかわいいお菓子を作ってみたい。こんなたくさんの量を土方さんは1人で作っちゃうんだから、お手伝いでもいい。やらせてほしい
「土方さん、私にパティシエのいろはを教えてください…!雑用でもいいんです」
私がそう言うと、隣の沖田さんは盛大に吹き出した。
「ぶっ…パティシエ…土方さんが?」
「総司てめえ…」
沖田さんは涙を流して笑いながら、どさくさ紛れに傍にあったチョコレートケーキを一口つまみ食いした。
「なまえちゃん、あーん」
「!?」
沖田さんが私の口の中にチョコレートケーキの欠片を入れると、ふわりと甘い香りが広がる。
「総司ィィィ!!」
土方さんの叫ぶ声も素通りするくらい、ケーキはおいしい。ほろ苦くて、でも甘くて。なんだか土方さんみたいだと思った。
それから作業場を走り回る沖田さんと、それを追いかける土方さんを見ながら、私はやっぱりお菓子を作ってみたいなと思った。たまにクッキーを焼くくらいしかお菓子作りなんてしたことなかったけど、頑張ってみようかなと思う。


(残ったチョコレートの香り)