久しぶりの買い出し。両手いっぱいに紙袋を抱えるが、嫌な気はしない。切らしていた紅茶に加え、普段手に入らない品まで仕入れることができた。さて…店まであと少し。そう思って足を速めたときだった。
「もう誰かに適当に将来決めてほしい」
そう言って、歩道橋の真ん中に一人佇む女子高生が目に映った。カバンについたキーホルダーがじゃらじゃらと音をたてている。風で揺れるショートボブ。落ち込んだ顔をしているそいつをなんとなく放って置けなかった俺は、無意識に話し掛けていた。
「ちょっと来い」



 女子高生はみょうじなまえとだと言った。店に連れていくと驚いていた。滅多に淹れない紅茶を出してやると、なまえは一言、おいしい、と呟いた。
ならば、どうしてそんな顔をしている?どうして笑わない。尤も、俺はその答えを知っていた。
「……何か辛いことでもあったのか」
「………」
「自分の将来は自分で決めるもんだ」
 それから、なまえは俺が他人であることを忘れたようにわんわん泣いた。進路について決められないことが、よほど辛かったんだろう。ちょっと後悔した。些細な俺の一言で事になったとあれば、また総司たちに何か言われかねない。しかしなまえは泣き止みそうにない。
「なまえ、だったな。明日からここで働かねぇか」
俺は咄嗟になまえの気持ちを汲んでこう言ったのか、ただのエゴでこう言ったのか。それは今となってはわからない。冷めた紅茶の水面がゆらり、揺れる。





「こんにちはー!」
悩んだ末に私はカフェで働くことにした。これ以上立ち止まってるわけにはいかない。やりたいことを探していかなきゃ。たとえこのバイトが将来に繋がらなくても、私は土方さんに助けてもらったんだから。ドアを開けるとちりりんと音がなる。
 土方さんに言われていた通りに控え室に行くと、私と同じくらいの年の男の子が一人いて、鮮やかな色のケーキのレシピを眺めている。
「あ、お前が新入りか?」
「はい。私はみょうじなまえって言います。今日からよろしくお願いします」
男の子は一瞬きょとんとしてから、にかっと笑って言った。
「気合い入ってんな!俺は藤堂平助。お前と同い年。土方さんからお前にいろいろ教えてくれって言われてんだ。平助って呼んでくれな。なまえ、って呼んでいいか?」
「うん、よろしく平助くん!」
早速メアドを交換して、いろんなことを教えてもらった。接客、お皿の運び方、レジの使い方、全部優しくて丁寧で。バイトなんて初めてなのにすごく分かりやすかった。そういうと平助くんは照れ臭そうに笑って言った。
「なまえが飲み込み速えーからだよ!でも俺、最初は全然ダメだったんだ。あの頃は土方さんとか、他のメンバーとかがいてくれたから助かった」
「そうなの?意外だなあ…」
完璧な平助くんでもそんな時期があったんだ。でもやっぱり、平助くんにとっても土方さんは、なんでもこなせて頼りになる人なんだろうなあ。
「明日はなまえも皆に会えると思うぜ。男ばっかだけどいい奴らだから仲良くしてやってくれよな」
「もちろん。楽しみ!」
「よし、じゃあこれ食って明日から頑張ろう。今日もお疲れ」
そう言った平助くんが取り出した箱には、ピンク色のカップゼリー。きらきらですごくきれいだ。
「キレイ…」
「すげーだろ?これ、うちの一番人気のジュレなんだ。さっきこっそり取ってきた」
「えっ、そんなの私がもらっちゃっていいの?」
「おう。その代わり…土方さんには秘密な?」
「うん!ふふ…」
ゼリーは、想像していたより遥かにおいしかった。すごいなあ…。誰がこんなの作ってるんだろう。どんな人なのかな。早く会ってみたいな。明日がますます楽しみになる。


(淡く染まってく時間)