歩道橋の上で夕日を眺める。何してるんだ私。ポケットの中のぐしゃぐしゃになった紙がかさかさと音を立てる。進路をどうするか、ここ一週間ぐらいずっとそればっかり考えているけど、答えは出ない。なりたい職業も、やりたいことも無い。友達はみんなやりたいことがわかってて、決まってるのに。焦るばかりで、それでも時間はただ悪戯に過ぎていく。
「もう誰かに適当に将来決めてほしい」
これ以上考えるのも嫌だ。びゅう、と風が吹いて、ぶるぶると身震いをする。もういいや…帰ろう。そう思って後ろを振り返ったときだった。
「おい」
「はい?」
目の前には両手に紙袋を抱えた男の人が立っていた。紫色の目、さらさらと靡く黒い髪、スッとした鼻筋。…すごく綺麗な顔。なのに眉間のしわが全てを台無しにしている。しかも怖い。私に話し掛けてるんだよね?そんなことを考えている私に、その人はぶっきらぼうに言った。
「ちょっと来い」
「え、ええ?」
「いいから来やがれ」
何この人…!?逆らったら一撃を喰らいそうなくらい怖い。いきなり何なの。どうしてこんなに私、不憫なんだろう。
……もうどうにでもなればいいか。なんとなく危ない気はしないし、私はこの人の後に着いていくことにした。ローファーがこつん、とアスファルトを打つ。





 少し歩いたところに見えてきたのは、すごくかわいいカフェだった。内装はラベンダーとベージュとピンクで統一されているお店。テーブルも椅子も壁紙も、すべてがかわいくて新しい。こんなところにカフェなんかあったなんて知らなかった。私が感動して口をぽっかり開けていると、隣に立っているその人は、訝しげに私を一瞥して言った。
「なんだ」
「やー、こんなおしゃれなお店あったんだなあって!」
「…まあ入れ」
男の人の骨ばった手が鍵で扉を開けた。私もそれに続いて裏口から入る。男の人が抱えていた紙袋をテーブルに置くと、中からがさがさと大量の紅茶の缶が出てくる。そしてその中の缶を1つ、手に取って彼は言った。
「今日はいいのが手に入ったからな。ちょっと待ってろ」



 しばらくして、ほわっと湯気の立ったマグカップを持ったまま男の人が戻ってきた。カップを手渡されると、ふわりといい匂いが鼻をくすぐる。
「遅くなって悪かった。俺は土方歳三。この店で働いてる者だ」
「あ…私はみょうじなまえと言います。この紅茶、…土方さんが淹れたんですか?」
「飲め。砂糖入ってるぞ」
「はい」
ひとくち、紅茶を啜った。体がじんわりする。なんだか心までほっこりする。おいしい。こんなおいしい紅茶初めて飲んだかもしれない。私はマグカップを置いて土方さんを見た。土方さんの目が私をじっと捉える。
「……辛いことでもあったのか」
土方さんがそう言って、全身から力が抜けた気がした。ぽとり、涙が紅茶に落ちて、波紋を作る。あれ、私…泣いてるのかな。どうして?そう言おうとした私に、目の前の土方さんは全部分かっているみたいに言った。
「自分の将来は自分で決めるもんだ」
 そして私はついに堰を切ったみたいに、わんわん泣いた。声が、涙が、不安が止まらない。たった十何年か生きてきただけで、残りの数十年を決めれるはずがないとか、どうしたらいいのかわからないとか、そんなことを言って土方さんを困らせた。初対面の男の人に、どうしてこんなにいろいろ打ち明けたんだろう。 ずっと学生でいたい。まだ遊んでたい。でも世間はそれを受け入れるはずもなくて、私はどうすればいい?答えが見つからないままで、一体どうやって生きて行けばいい?不安だらけで何もかも拒んでいた私の心は、ミルクティーによってこじ開けられたようで。
土方さんは黙って私の話を聞いていたけど、ふいに私に言った。
「なまえ、だったな。明日からここで働かねえか」
その言葉が私の涙を止めるのに、時間はかからなかった。


(紅茶マジックに魅せられた)