風×ヴェルデ



「ねえ、ヴェルデ。」
「私には貴様の戯言に付き合っている暇など微塵も無いのだがな。」


至極不機嫌そうな声が振り向きもしないままに告げられた。彼の視線の先は大きな電子画面、かたかたとキーを叩く指先は病的な程に白くてか弱い。


「つれない人だ。」
「言葉を拾わない耳なら切り取ってしまえ。」


今日の彼は頗る機嫌が悪いようだ。鼻孔へ届く珈琲の匂いは居心地があまり良くない。容器に入ったミルクを中に落とすと深い茶色に白い波紋が広がった。白が、侵食する。まるで彼のようだと思った。私の中に波紋を広げてじわりじわりとその色を溶かし込むのだ。自身の意思とは関係なく珈琲へと溶けたミルクを取り出すことはもう不可能なのにね。


「好きですよ。」


本当は溶けたミルクを取り出せないのでは無く、珈琲がその手を離さなかったのかもしれない。其れらの心持ちを知る術はなく、けれど私に溶け込んだ彼を手放すつもりなんて生憎持ち合わせていなかった。程良く甘い香りを届ける珈琲は居心地が良い、一口含んで口付けると白い肌が僅かに色付いた。


「貴様のそういう所が嫌いなんだ。」
「私は貴方のそういう所が好きなんですけどね。」


光を放つ電子画面の電源が彼の指先ひとつで落ちた。今まで部屋を浸していた電子音がぴたりと止まり静寂が広がる。荒々しく襟元を引き寄せる指先、深く重ねられた唇は機嫌良く三日月を浮かべていた。ああほら、またそうやって貴方が私に溶けてくる。





title...自慰

110102

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