不完全燃焼


ただ漠然と意味もなく自分の世界を広げることへの無意味さにへどがでそうになった。想いを膨らませて、言葉で、身体で表現して、心で感じる。絶望した。絶望した。絶望した。私はすべてに絶望した。街中泳ぐ馬鹿な男女にも。垂れ流れ続けるラブソングにも。キラキラ輝く太陽にさえも。私はひどく絶望した。明かりが照らす夜道が危なかろうが今の私にはどうでもよく、連続殺人犯でもあらわれて私を殺してくれればいいくらい。家に、いや正確には部屋にいるのがいやだったから何も持たず闇雲に出てきてしまったわけだけど少し後悔、財布くらい持ってこればよかった。夏の終わりかけたじっとりする夜がひどく妬ましい。熱気死んじゃえ。まだ救いなのはクーラーを我慢してたおかげの自分の服装キャミソール。いやでもそれさえも張り付いてうっとうしいといえばうっとうしいんだけどさ。風は吹いても熱風ばかり。またまた私は絶望した。

「…」

そもそもなんで普通に真面目に生きてきた私がすべてに絶望しなければいけないのだろうか。最初になんともいえない喪失感を覚えたのはいつだ?…そうだ、彼が生まれた日のことだ。無事に生まれてきてくれるなら男の子でも女の子でもいいと思っていたはずなのに、生まれてきた赤子を見た途端「なんで私の弟なのだろうか」と足もとが真っ暗になるのを感じた。その時の私はたしか2歳の子供で喋れる言葉も想いも未完成で、ただただ泣きわめいたことだけが記憶にこびりついている。今の私の絶望といえばもはや全世界だけれど、あの日いらいの私にとっての絶望は常に弟についてだった。弟が成長して初めて喋った言葉が「まんま」だったことに絶望し、歩けるようになり外を好むようになったことに絶望し、保育園に入り友達ができたことに絶望し、幼稚園にいき自らの足で遊びにいけるようになったことに絶望し、小学校になり家に連れ込む男女の友達に絶望し、中学校にあがり私とあまり喋ってくれなくなったことに絶望した。そんな彼が今は中学2年生になり、私も高校に入った。姉としての欲目を抜きにして、一女としても弟はかっこいいといえる好青年に成長をしている。もとからパーツが取れていた子だったから当たり前といえば当たり前だけど、私は何度も彼が不細工になればいいと思っていた。不細工であれば誰も彼に近づかないのに、と。まあ、願い虚しく届かなかったせいで弟は今部屋に可愛子ちゃんを連れ込み、私はこんな夜更けに町を俳かいするはめになっているのか。隣の壁越しに聞こえる声、弟と隣同士の部屋と聞こえの良い耳を恨んだのは久しぶりだ。私の足音一人分が響く夜道。いっそのこと明るい大通りにいって誰かに相手でもしてもらおうか。なんて馬鹿げたことを本気で思って、やめた。処女とかそんなんじゃないけど、今日は気分じゃない。ああ、でも今帰っても隣の部屋では行為の途中だろうと思うとどうでも良くなってきた。私だけ一人なんてフェアじゃないか。どうせお金もないんだ、気分が乗らないことなんか家に戻ることに比べればなんてことない。足の向きが自然と大通りに向かい、少しずつ近く人々の雑音にまぎれて、ふと、何かが聞こえる。走る、走る、走る、音?じょじょに近づく足音は、殺人犯が嗚呼ほんとに私を殺しに来てくれたのだろうかと思ってしまうほど酷く猟奇的で、その時の気持ちは何処か好揚感にも満ち、私が死んだら弟は少しでも泣いてくれるんじゃないかという期待一色に染まりあがった。今まで伏せんとして巡らせてきた想いの答えをあえて今言おう。全てに絶望したのも、家から飛び出したのも、全部全部、私が姉という枠を超えて、弟に焦がれているからなのだ。さっきよりもうんと近づく足音に、早く、速くと急かしながら、高鳴る鼓動を押さえ付けていれば「ミク!」と叫ばれた私の名前に一際大きく身体がゆれた。咄嗟に振り返った先に見える闇にも映える金が、あまりにも声からの想像と一致しすぎて何故かとさっきよりも鼓動が速まる。思わず逃げたいと頭が結論を叩きだすけど、その姿を一分一秒でも長く網膜に焼き付けようとする本能が彼から視線をはずさせない。息を切らせながら私との距離を詰めてきた弟は「心配した」と苦しそうに呟き、大きく息をついた。髪を滴る汗がポタリと地面に垂れて、汗になりたいという願望も産み落とされる。取りあえず心配してくれた喜びに悶え、震える声で「ごめん」だけ返した。私の謝罪を聞いた彼は、黙ったまま私の左手をその骨ばった大きな手で握り、帰路へ導く。帰るようだ。二人分の足音が静かに響き、沈黙の流れる空気が酷く心地よかった。彼がそばにいさえすれば、熱気も何も気にならない。あ、でも私の手は汗ばんでいないか、や汗臭くないか、だけが気になってきた。まいった。汗ばんでいたらどうしよう。臭かったらどうしよう。

「…れ、レン!離して」

思わず彼の手を振り切った。やばいやばいやばいやばい。臭いとおもわれたら泣いてしまう。彼は不機嫌そうに眉を寄せて真っ赤になって俯く私を黙って見ていた。そうだ、話題、話題を変えよう。若干テンパリつつある頭を振り絞って、何とか彼の眉の溝を取ろうと思考をめぐらせればふとある疑問にたどり着いた。彼は、なんで今、ここにいるのだろうか。思わず自分の夢ではないかと頬を抓ってみるが痛い。大丈夫現実のようだ。ならばなおさらわからない。だって、彼は今…。

「か、彼女…どうしたの?」

空気が少し変わった気がした。聞いてはいけないことだったのだろうかと少し後悔。彼は視線を私からそらし、ポツリ返答する。

「帰った」

予想していた回答群のひとつ。そっか、そうだよね、彼女帰らなきゃ、私を探しにきたりなんかしないよね。分かってたけど少しショック。どうせ彼女が帰った後にでも母さんから私を探してきてくれとでも頼まれたんだろう。無意識に少し歪んできた視界の端。自分の手がまたぬくもりに触れられたことを感じた。

「れ、レン!」

「…何」

私の手を引きまた帰路へと歩を進めだす弟は今度は振り返らず返事をしてきた。手、手、また握られて。距離が近くて、「は、はなしてよっ」とまた振り切ろうとしたら、今度はぎゅっと握られた。だめだよ、だめだって!だって、だってさ、

「っ、あ、汗…汗臭いから!」

恥ずかしいのとか、いろいろ我慢して言い切ってやった。汗臭い女と想われるくらいなら、手を握り合える贅沢な時間さえ手放せるほど私は君に嫌われたくないことをわかって欲しい。

「…そんだけなら、はなさない」

それなのに、バカみたいに嬉しい君の声が夜道に響いた。






(期待してしまうじゃないか。)


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