爪を切るのがすきだった。いや、爪を切るという行為自体がすきなんじゃなくて、爪を切った後の指先の感じ。ケータイボタンを押してみたりするとよくわかるかもしれないけど、伸びているときと確実に違うこの感覚。ギャップ差だとかなんかもういろいろ、とにかく爪を切るのが好きだった。今だって、つい先ほど切りそろえ終えた指先をみて思わずにやけてしまう。短い。スポーツをするものなんだから切りそろえておくのが当然といえば当然なんだけど、きっと俺の場合スポーツをしてなくても切りそろえていたんじゃないだろうか、なんてまで最近思うようになった。手を目の前にかざして眺めてみる。爪。爪。全部で10枚。足を入れたら20枚。眺めていた右手をそっと左手の上での肌に這わせて、グッと力をこめてみた。爪が肌に食い込んで、ぴりりとする程度のわずかな痛み。押さえつけてもそんなに変わらない。痛くない、痛くない、痛くなくて、さらに押し付ける。それでもやっぱりだめだから今度はスライド。つまり引っかいてみた。さっき爪を立てたところは爪の後がくっきり残っていてひっかくときでこぼこして凹凸がある。スライドさせるにはひどく邪魔だ。でも行為自体は食い込ませるよりだんだん痛みを見せて、赤くなっていき徐々にはれてもくる。そういえば赤ちゃんとかは無意識に自分を引っかいてしまい傷が絶えなかったりするそうだ。力加減をしらない幼児の無意識に行われる自傷行為。それに対してこれは理解のある俺の意識ある自傷行為なんだろうか。爪が短いから長いときとの違いを感じたいだけのようにも思えるからよくわからない。がりがり引っかきつづけていたら、ぱたりと血が落ちた。少しかきすぎたかもしれない、反省。とりあえず処置をしなければと「玲名」「玲名」オウムのように名前を繰り返し彼女を呼び立てる。しばらくすると顔を不機嫌に染めたまま歩いてくる彼女が見えるから、「けがしたー」なんてわざと間抜けて笑ってみせた。そんな俺の声に一度足を止めた彼女は眉をさっきより3ミリくらい吊り上げてから、足音大きく方向転換。あの方向だと救急箱がある方だ。なんだかんだで彼女は優しい。救急箱を両手に抱えた間抜けな格好で再び歩いてきた彼女を認識しながら垂れ続ける血をながめてみた。血が真っ赤っ赤で、俺もちゃんと人間してるんだななんて他人事みたいに感じるのはなんでかな。カタリと箱を置く音とともに、すごい力で引っ張られた左手に視線を残したまま「やりすぎちゃった」と小さくいいわけをしておく。こんなこと実は初めてじゃないから彼女も対応には慣れたもの。「だから爪など切るなといったんだ」なんて俺には難しいお願いを口すっぱくいってきた。

「…でもさあ、玲名は逆にもっとちゃんと爪を切るべきだよ」

俺の腕に治療をほどこす彼女の白い手につくピンクを見やる。俺とは対象的に長い。だけど綺麗な形。でもやっぱ長すぎる。

「長いと邪魔だし、痛いよ、玲名も切っちゃおう」

「…お前の理路を私に押し付けるな」

ため息と一緒にそう言われてしまった。だってねえ。現に今も俺の手を取る君の爪が食い込んで痛いんだ。なーんて、「どうしたらこの行為をやめるもんか…」と、俺を少なからず心配してくれる君の機嫌を損ねたくないから黙っておく。変わりに、「さあ?爪でも剥いじゃえばいいんじゃないかなあ」とか君の疑問に冗談混じりで答えてみたけど結局怒らせてしまった。



ヒロトと玲名






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