→水凛サマへ

うっとおしいと思った。背中に張り付く布も、視界を覆う前髪も、思い通りに動かぬ手も、目の前のやつのその笑顔も。全部全部うっとおしかった。ちぎって丸めて砕いて噛んで「――飲み込んでしまおうか」だなんてぼそりぼやく。実行する気は実はさらさらない。まあいい、人間なんてそんなもんだ。思ってもいないことを平気で口にする。口にして音にして現実に降らせてしまえば、考えるだけで終わるより多少といえどやった気分には浸れるってものだ。まあ、世の中には奇特な方もいるもんで口に出すことで自分を追い詰め絶対にやる決意を固める人もいるらしいけれど。だけども、目の前のこの男はどうやら口に出すことで決意を固めるどころの話じゃ終わらないらしい。いや正確に言えば口にだして決意を固める段階はすでに終えてしまっているのだ。つまり次の段階。決意を固め実行に移す、起承転結でいうなら転と結の間に位置している。そしてそれを結に導くにはただ一言わたしの肯定が必要なだけ。彼はそれを私の手をとりながらずっと待っているわけだ。ああ、うっとおしい。「いい加減手を離してはくれないかな?レン」まずその笑顔がうっとおしい。私が絶対肯定するとでも思っているのか。テレビを見てたりする普段はこれでもかというくらいに視界を覆う前髪。なんで彼の笑顔は覆ってくれないのか。春に移り行くこの暑い日にどうして私はセーターを着こんでしまったのか。

「…ミクさん、返事は?」

なかなか返事をしない私の顔をなめるかのようにじっと見つめ、彼は女の私からみてもうらやましいきめ細かい頬に私のてを当てる。ミクさんの手あったかいね。だなんて、勘違いしないでもらいたい。私が暖かい理由?これは少しセーターを着込みすぎただけである。別にレンへの返答に照れて暖かいわけじゃない。「もう一回言おうか?」うるさいうるさい。聞こえてたわよちゃんと。人を耳が聞こえない人みたいに言わないで。「じゃあもう一回言うね」心の中で反論し続けて彼に聞こえるわけない。彼はもう一度その口を開くから、降参、参った。認めるわよ。

「俺と結婚してください。」


つまりはただの照れ隠し。






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