せんせえ。せんせえ。ひどくしたったらずな甘い声が耳を抜ける。猫なで声ともいうんだろうか、ただただ甘くて、チョコレートの食べすぎでむせ返るようないやな汗がたらりとした。なんて声で呼ぶんだろう。なんて声であいつの名を呼ぶんだろう。ふわりと香る彼女の髪、その揺らぎが鼻をかすめて、だから、思わず、眉間にしわがよった。そのせい。かすめるからきっと鼻がむずがゆくなった。そのせい。鼻がかゆくて、彼女の髪の香りがやさしすぎて、だから泣きそうになる。大丈夫、だってなんにもない。心が痛いだなんてこと感じたこともない。ただ今無性に走り出したい気分だから、だから走るだけ。でもなぜだろう今無性に叫びたいのは。彼女の名前を叫んで、こちらを振り向かせたくなるのは。見ろ、見ろ、みろみろみろみろみみみみみみみくさん。

「―――っ」

思わず立ち止まる。飛び出しかけた言葉を無理やり飲み込んで、走ったせいで少し遠くなったその姿に「せんせぇ!」彼女が呼ぶその名を俺も腹いせのように叫んでやった。彼女のような猫なで声なんて出ないけど、ああ、いや、出すきもないけど。あいつがこちらを見るには十分効果を発揮したようで、「ああ、鏡音くん」だなんていつも教卓でみせる顔で微笑み、どうしたの。だなんて首をかしげた。その問いにはただ「別に」だなんてそっけなく返し、せんせぇの横に見える彼女を見れば少し悲しげに横顔が揺れるから自分のした行為がひどく悪いことのように思えた。

「ごめん、せんせぇ、ごめん!ただ呼んだだけなんだ」

一呼吸。

「ミク先輩も邪魔してごめんね」

へらりと上辺だけの笑顔を向けて、罪悪感はあるのに後悔はしていない心のまま彼女に話しかけた。何日ぶりだろう。「あっ、あ、ううん、気にしないで」そう言ってこちらを向いた彼女と目があったのは。話をしたのは。うれしかった。うれしかったけど、かなしかった。冒頭で感じたような泣きたい感じがまたこみ上げてきて、今度はなんて理由で眉間にしわがよったことにしようか、だなんてばかげたことを考えた。

ああ、






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