「消えてください」

こちらを見ることもなく、彼女は第一声そう発した。いつもどおりの通常運転。彼女はなぜだか僕が嫌いだ。何か迷惑をかけたわけでもないのに、何か言葉を発したわけでもないのに突き放される行動、姿勢。まったくもって難解不明慮。何したって言うんだい。何が気に食わないというんだい。他の人には愛想良く尻尾振るくせに、彼女はいつだって僕に冷たい。だけど、

「お前様が消えてください」

斯く言う僕も彼女が嫌いだ。だってそもそも、自分を嫌いだと見せ付けてくる相手をどうやって好きになればいいのか、むしろ誰か教えてくれよ。マゾか?それとも恋は盲目ってやつか?残念ながらそのどちらにも該当しない僕は、嫌われたから嫌いになったなんて十分すぎる理由を盾に今日も彼女を嫌うわけだよ、ファイナルアンサー。返事も動こうともしない彼女を一瞥してから、歩を進め「邪魔しないんで、邪魔しないでください」と吐き捨てる。その言葉にピクリとわずかに反応を見せる彼女の右の眉。これは少ばかりカチンと来たときの彼女の表情。僕の一言になんか踊らされまいと無反応を決め込もうとしてるんだろうけど、実に分かりやすく単純明快。彼女が僕を嫌う理由なんてさっぱりであるのに、彼女の基本動作は実に簡単で、明確になるものが逆になればまだ僕だって対処しようがあるのにとか、昔の自分は考えてたなあなんて思いを馳せる。まあ、それはいい。今更どうしようもないことだし。そいつはもう諦めた。今の僕のミッションはリビングのソファでたむろする彼女と睨み合いをきかせることなんかではなく、腹ごしらえをすることなのだ。なんせ今日は運の悪いことに彼女と僕以外この家に残されておらず、いつもならご飯を用意してくれる年長組がいないもんだから自炊をせねばならん。彼女にかまってる暇があるなら一刻も早くうなりを上げるお腹を幸せで満たし、彼女と険悪なムードを築かないためにも再び自室に閉じこもりゲームに明け暮れる予定である。パカリ、開く冷蔵庫。中身は、流石、充実した品揃え。新鮮な生肉やら、魚やら、緑を光らせる野菜やらやら、「是非私を使って…!」なんて語りかけてくるけれど、残念だったな食材達。僕に作れるのはチャーハンのみだ。魅力的な食材達に目もくれることなく必要最低限のものを取り出し、切る、炒めるの2ステップ。ああ、チャーハン万歳。考えたやつはきっとズボラだろうけどそのズボラに今救われてるズボラがここにいるんだぜ、なんて出来上がりを見せるチャーハンに僕は上機嫌だ。ただよう食欲をそそる香りと、米や具材が焼きあがる音、プラスα正直な腹の虫。いやあ、まさに昼間の三大醍醐味、なんてもちろん嘘だけど。…しかし、残念ながらそのお腹を鳴らしたのは僕ではないわけで、それなら、つまり、ほら残る可能性はただ一人。チラリ視線をリビングへ向ければ、思い切りお腹を抱えてうずくまってる彼女がいた。なんだ、それは。音が出ないように抑えこんでるんだろうか。そういえば何でもできる完璧スマートな彼女も、料理って女のステータスの一つだけは壊滅的にできなかったことを思い出す。家を出かけた気配もなかったことを考えたら、作り起きなんてなかった冷蔵庫の中、彼女が食事を摂取したとは考えられなくて、チラリとまたこちらをみては、パッとなんでもないフリで雑誌に目を落す彼女が単純馬鹿わいくみえてきた。

「お腹、空いてるんですか?」

「…」

彼女はこちらをみない。沈黙。ふわりと香るチャーハンの出来立てのにおいに、返事を返したのは彼女のお腹だ。かわいいらしい虫が一声。瞬時に煮えくり返った彼女の顔は真っ赤で、ああ、ほんと、単純な人だ。彼女の座るソファにゆったり近づきながら、

「…下さい、って言えば?」

なーんて。彼女に笑いかけてみせるのなんていつぶりだろう。ぐっ、と悔しそうに唇をかむ彼女を眺めて上から見下ろした。彼女ってこんなに小さかったっけなんて時の流れを感じながら、ルアーにでも引っかかったように吊りあがる自分の口元を隠せずにいる。ねぇ、ほらほら、どうしたよ。

「食べちゃいますよ」

彼女がきっと憎たらしいと思うような媚を売ったかわいらしい声で問いかけてやれば、彼女が小さく「もうやめて、」なんて弱音を吐いた。





お腹すいたうた






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