春風のワルツ | ナノ


08

ケーキが美味しくて有名な店に、浮いた男がひとり。並ぶのでさえ恥ずかしかったのに、いざ店の中に入っても恥ずかしいのには変わりなかった。



『おいしーい!』



この笑顔が見れるなら、恥ずかしいのもそこまで苦じゃないか。そう思ったけど、やっぱり周りの視線が気になって仕方がない。見える範囲におる男は俺だけ。そんな事気にもせず、向かいに座る瀬戸さんは美味しそうにケーキを頬張っている。



『食べないの?もらっちゃうよ』
「た、食べるよ。いや、俺、浮いてるから…」
『そんなこと気にしてたの?』



そんなことって…。場の雰囲気に溶け込んでる女子の瀬戸さんにはわからんよな、そう自分に言い聞かせる。仕方のないこと。悩んでる自分が、気にしてる自分が、一気に馬鹿みたいになった。
瀬戸さんの一口より気持ち多目にフォークでケーキを刺す。確かに美味しそうや。俺が選んだのは桃のケーキ。口に含むと、桃と生クリームの甘味が一瞬で口の中いっぱいに広がった。
美味しい!瀬戸さんにそう告げると、頬杖をつきながら微笑んでくれた。



「今日さ、来てよかったん?」
『どうして?』
「や、昨日誘ったときは練習あるからって言ってたから」



ケーキと一緒に注文した紅茶を口に運んでた瀬戸さん。俺の問いかけにも冷静に反応している。昨日のお昼休みに誘ったときは練習があるからと断られたのに。今日になってやっぱり遊ぼうと誘ってくれた瀬戸さん。此処に行きたいと、かなり一方的やったけど、それでもよかった。



『私にヴァイオリン教えてくれてる先生がね、白石くんとのこと話したら行ってきなさいって』
「そうなん?なんで?」
『わかんない。命令だ、って』



聞かんかったらよかった。てっきり今日は瀬戸さんの意思で来てくれたとばかり思ってたのに。ショックのあまり言葉が出えへんかった。考えたら、俺なんかと遊ぶよりヴァイオリンの練習してるほうがよほどいいし、為になるやろう。考えたらわかったやろうけど、やっぱり悲しかった。友だちって言ったのに、変に恋愛感情を持ち込んでる俺も悪いんやけど。

それからは話したことは頭に入ってこんかった。瀬戸さんは色々話してくれたけど、相槌をうつくらいしか出来ひんくて、きっと後悔することになる。会計をして店を出たとき思いの外、瀬戸さんの表情が暗いことに気が付いて足を止めた。



『私、友だちとこうして話すの初めてだから、どうすればいいかわからなくて。ごめんね』



そこで初めて自分がしたことの重大さを思い知る。瀬戸さんはきっと、自分のした話が俺にとってつまらんかったんやろと思ってる。弁解する間も入れず言葉を続けた。



『昨日、家でおもしろい話とか考えたんだけどね。私だけつい楽しんじゃって』
「ち、ちが」
『ほんとはね。先生に行きなさいって言われたとき、嬉しかったの。白石くんとゆっくり話せるなんて、私』
「ちゃうねん!」



春の日差しが暑いくらいや。大通りやからか、人口もあるし余計に暑く感じるやろう。せやのについ叫んでしまった。瀬戸さんはびっくりしてる。そりゃそうや。青空を見上げ、深く息を吸う。やっぱり春の香りがした。



「俺が、勝手に傷付いたりしたから。渋々来てくれたんちゃうかって、瀬戸さんを信用しきれんかったから」



俺が悪い。そう言うと、瀬戸さんは優しく微笑んだ。想像してなかった表情に、胸が高鳴る。初めて、本当の瀬戸さんに会えた気がした。



『蔵ノ介くん』
「え?」
『そう呼んでも、いい?』



青空の下、俺は抱き締めたくなる感情を抑えるのに必死やった。新しい世界を作るのはいつだって瀬戸さんで。もっと知りたくなる。近付けたかな、少しでも知れたって思ってもいいんかな。



「もちろん。彩音ちゃん」



彩音ちゃんが笑う。答えはそう、彩音ちゃんの笑顔にあった。








笑ってほしいんだ
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