春風のワルツ | ナノ


06

『よし、ここでいいや』



腕を引かれ、辿り着いたのは公園やった。バクバクと胸が鳴ってる。走ったからか、それともこの状況やからやろか。きっと、きっと後者や。認めたいような、認めたくないような。モヤモヤしてたら、瀬戸さんに呼ばれた。



『別にね、誤解なんて解かなくてもいいって、自分でもわかってるんだけど』
「あ…」
『なんなんだろう、この気持ち。わかんないから』



カチャ、音をたててベンチの上に置いた赤いソフトケースを瀬戸さんが開ける。慣れた手つきやな。あ、ヴァイオリン。テレビでしか見たことないけど、俺にもわかった。
そのまま靴を脱ぎ、ベンチに颯爽と登った。



『失礼します』
「えっ…と」
『彩音ちゃんリサイタル!ヴァイオリン、知ってる?』
「み、見たことは」
『それなら話は早い。じゃあ、』



とっておきのやつを。そう残し、瀬戸さんは弓を引いた。

星空の下で奏でられるヴァイオリン。ヴァイオリンって、こんな音やったんや。無意識に身震いしてた。冷えてるんか、いや違う。原因は瀬戸さんや。素人以下な俺やけど、瀬戸さんの奏でる音は繊細で、心に響く。

星の下で輝く、彼女は美しい。



どれくらいの時間が経ったやろう。どのくらいの時間、瀬戸さんの奏でる音に魅了されていたことやろう。



『信じて、もらえた?』



俺はただ、力を抜いたら溢れてまいそうな涙を堪えるので精一杯やった。拍手を贈ると、瀬戸さんは弓を持った右手で制服のスカートの裾を掴み上げ、お辞儀をした。ありがとう。そう呟いたのを、俺は聞き逃さんかった。
上手いや下手やなんて、俺には分からへん。ただ、瀬戸さんの奏でた音は素直で、真っ直ぐ俺の胸に届いてきた。彼氏じゃないっての、信じてみようかな。演奏で信じさせる瀬戸さんは、やっぱり上手なんちゃうか。



『感動して、言葉も出ない?』
「そうかも」
『やだ。そこは、なんでやねん、でしょ』



桜は間もなく満開を迎えようとしている。これまで俺の中にいた瀬戸さんとは違う瀬戸さんから、目が離せんかった。少し前なら、こんなこと考えられへんかったのに。不思議な気持ち。帰ろうか。桜が舞い散る中でそう言った瀬戸さんは、凛々しくて綺麗やった。








素顔の君が
[ prev | next ]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -