春風のワルツ | ナノ


05

「今日も疲れたー!」



謙也が腕を伸ばしながら星空に向かって叫んだ。過ごしやすい春。夏よりかは体力の消耗も比較的遅いはずやのに、俺までぐったりしてしまう。ここ一週間は練習に没頭してしもてるせいか、普段より酷い疲れを感じる。



「最近の白石、練習に身ぃ入ってるもんなあ」
「やっぱ人間、体動かさなな」
「間違いないな」



忘れたくて、ただがむしゃらにラケット振ってるようじゃ意味がないことくらい俺にだって分かってる。俺は今、大人になれるときやと思う。この試練の時を乗り越えたら、何かが変わる気がしてる。



「でも程々にしとかな、体壊すで」
「ああ、分かってる」
「せやったらええねんけど…って瀬戸さんや。おーい、瀬戸さーん!」



のんびり空を見上げてる時に、謙也が瀬戸さんの名を呼んだ。つい体が反応してしまい前方を向くと、少し先を歩く瀬戸さんが振り返ったとこやった。
け、謙也め…。やりよったな。



『白石くんと忍足くん!こんな時間まで部活?お疲れさまー』
「せやねん、瀬戸さんは一人?」
『そうだよー』



瀬戸さんの返事を聞くと、謙也はせやせやと頷きだした。俺、用事あって急いでんねん。そう言って俺と目を合わせる。余計なことを。と言うか傷をえぐるようなことを。



「やから瀬戸さん、白石に送ってもろてな」
『えっ』
「白石なんも用事ないから!ほな!二人ともまた明日ー」



凄いスピードで走り去ってく謙也を瀬戸さんと並んで見送った。何か話した方がいいんやろうけど、会話が思い付かへん。暗がりやから瀬戸さんの表情も見にくくて読みとり辛い。今、どんな顔してんねやろ。



『…ありがとうね。話さないでいてくれたんでしょう?』



少しだけ顔を上げた瀬戸さんはどこか切ない表情をしていた。普段見ない、俺の知らない瀬戸さん。先週のことを言ってることが分かる。これにも返す言葉がなくて、黙ってしまう。



『みんなに話されても仕方ない状況だったから、噂が広まってなくて本当に嬉しかった』
「そりゃ…別に人の幸せ壊そうとする程、悪趣味してへんし」
『幸せ、ねえ』



また俯く瀬戸さん。清楚なイメージなんてとうに壊れてるけど、それにしたかてなんかイメージと違う。誰にでも優しくて、いつも笑ってた瀬戸さんとは遠くかけ離れている。
白石くん。数歩先を歩く瀬戸さんが俺の名前を呼んで振り返った。教室で呼んでくれるような、ただ優しいだけの声ではなかった。



『誤解、なんだけどね』
「…なにが?」
『先週見た、男性のこと』



遊びやとでも言うんやろか。聞きたくなくて、つい目をそらす。これ以上掻き回してほしくない。受け入れるから。好きやった気持ちやって、なくすようもっと努力するから。



『彼氏とか、好きな人じゃないんだ』
「そ、そっか…」
『あー…やっぱ信じてくれないってやつね…わかった』



瀬戸さんが左肩に掛けてる赤いソフトケースのショルダーの紐をぎゅっと握った。彼女のお尻から首の上まで伸びる赤のソフトケース。そういえば、先週会ったときも肩に掛けてた。中には何が、一瞬考えたけど、瀬戸さんの声でそんなこと吹き飛ばされた。



『こうなったら強行手段。ついてきて』



俺の左腕を取り、走り出す瀬戸さん。もう何がどうなってるのやら。あ、なんかの楽器なんかも。瀬戸さんの一歩後ろを走りながら、状況とは裏腹にそんなのんびりしたことを思ったりしていた。








揺れ動く恋心
[ prev | next ]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -