02
目の前を歩いているのは、まさか。
三十メートルほど先で揺れる、肩の少し上で二つに緩く結ばれた髪。間違いない、瀬戸さんや。追いかけて話し掛けてみようか、頭の中にはそんな考えが一番によぎる。
軽く深呼吸して、もう一度考え直すと冷静に気持ち悪くないかといつもの弱気な考えが表れる。いっつもこんなんやな。ため息をつくと、いつもと違った考えが見えてきた。
ただのクラスメイトで終わりたくない。
いつもここまで思わへんのに。なんでやろう。春やから、春やからこんなおめでたい贅沢な考えができるんやろうか。
「瀬戸さん。お、おはよう」
気がつけば走り出していた。ざわめく心が弾けてまいそう。
『あ!おはよう。今日は朝練休みなの?』
「うん。瀬戸さんはいつもこの時間?」
『そうだよ』
朝イチからこの笑顔を間近で見られるなんて、今日一番の喜び。瀬戸さんの笑顔が、俺だけのものになるのなら、どんなに幸せなことやろう。 誰にでも向けられる笑顔を独り占めできたらと、何度思ったことやろう。
『どうしたの?』
「な、なんもない!」
うわ、絶対顔真っ赤になってる。こんな顔、瀬戸さんには見せられへん。クスクス笑う瀬戸を背中に、思い切り深呼吸する。高鳴る鼓動はなかなかおさまらへんけど、胸の奥まで吸った春の香りが不思議と俺を冷静にさせた。
『春だねー』
「これから梅雨がきて、夏がきて、楽しみいっぱいやなあ」
『そだね。でも私、今も楽しいよ』
誰かとこうして一緒に学校に行くことってないから。と瀬戸さんは笑った。 ふと目が合うと息が止まる。溢れだしそうな想いを伝えたくなるけど、自制心がそれを抑える。
『羨ましいなあ…ほんと』
何処か寂しそうな表情を浮かべる瀬戸さん。 何が羨ましいのか考えてみてもわからんかった。かと言って、聞くこともできひんもどかしさを抱きながら、桜色づく通学路を瀬戸さんと肩を並べながら歩いた。
桜色づく通学路