春風のワルツ | ナノ


13

『うわあー。きれーい!』



瞳をキラキラさせて満開の桜を見上げる彩音ちゃん。風が吹くと優しく桜の花びらが舞う。去年はテニス部の男だらけで此所に桜を見に来たけど、今年は一味も二味も違う。



『すごいね、すごいね!』
「せやな。一番いい時期やなー」
『私、お花見ってはじめて…。こんなに感動するものとは思わなかった』
「来週が発表会って言ってたやんな。ほんまに大丈夫やったん?」



昨日の夜、電話をしたときに彩音ちゃんが教えてくれた。今年度一発めの発表会があると。受験を控えている彩音ちゃんには大切な発表会になると、そう言っていた。こうして並んで桜を眺めてる場合と違うんちゃうか。少し後ろめたさを感じるものの、はしゃぐ彩音ちゃんに視線は釘付け。



『明日から鬼のように練習するから大丈夫だって』
「せやかて…」
『ただひたすら弾いてるのがいいってものじゃないもん。それはスポーツだって一緒でしょ?』
「それもそうやけどさ。ライバルたちに差つけられたらと思うと」
『あ、蔵ノ介くん。私が下手な演奏すると思ってる?』



時が止まる。
初めて見た、彩音ちゃんの笑顔。あの夜のように、彩音ちゃんが凛々しく笑うと、一瞬で魅了されてしまう。
伝えたい想いがある。今にも溢れそうな想いを、言葉にして。



『舞い散る花びらをつかまえられたら、願いが叶う。そういうのあったよね』



つかまえようとするも、彩音ちゃんの手からひらひらと離れてく。胸一杯の気持ちを抱えて必死になってく彩音ちゃんを見つめていた。
願いが叶う、か。丁度目の前を舞う桜の花びら。左手を伸ばし、そっと手の中に治める。手のひらの中の花びらを眺めてると、不思議な気持ちになる。ぎゅっと握り、決意を固めた。俺の願いは、叶うやろうか。



「好きです、彩音ちゃん」



彩音ちゃんの動きが止まる。驚いた表情からは、良い感情も悪い感情も読み取れんかった。急ぎすぎやとは思った。でも、これ以上溢れる想いを伝えずにはおれそうになかったから。


『え…』
「ひとりの男として、見てもらいたい」
『蔵ノ介くん、友だちだって、言ったのに』
「うん。でも今は友だちでも、ずっとこのままでおる気はないよ」
『そんな…』
「彩音ちゃんが好きやから」



歯を食い縛る彩音ちゃんを目の前にすると少し胸が痛んだ。これは喜んでるか悲しんでるかの二択やなかった。俺も読みが甘いなあ。彩音ちゃんのこと、まだまだ知らへんから。



『うそつきっ!』



彩音ちゃんの右手が俺の頬を打つと共に乾いた音がした。喜びでも悲しみでもない感情、怒り。そりゃそうか。友だちやって言って、俺は嘘ついたんやから。でもこれ以上、自分の気持ちに嘘はつけんかった。
走り去る彩音ちゃんの背中を見送って、左手の中にある桜の花びらを風に飛ばした。願いが叶う、か。今の俺の願いはなんやろう。あのときこうしていたら、なんて後悔すら浮かばへん。それなら、先のことを祈ろう。彩音ちゃんが笑顔で過ごせますように。

いつまで桜を見上げてたやろう。こんなつもりなかったのに。彩音ちゃんの彼氏になりたかった?違う。彩音ちゃんに嫌われたから?それも違う。分からなくて、目を閉じる。暗い世界で浮かぶのは、夜の八分咲きの桜の下で自由にヴァイオリンを弾く彩音ちゃん。綺麗やったな。楽しかったな。
もっと、見てたかったな。

そうか。俺は何であれ、彩音ちゃんの傍におりたかったんや。今頃気付くなんて遅すぎるか。
今になって、彩音ちゃんに叩かれた頬がチクリと痛んだ。








桜の花に託して
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