12
『蔵ノ介くんはさ、好きな人いないの?』
弁当を食べながら何気なく彩音ちゃんが問い掛けてきた。飲み込もうとしていたたまご焼きを詰まらせそうになるも、慌ててお茶に手を伸ばす。ちょっと大丈夫?と苦笑いしながらも冷静な彩音ちゃん。俺がそうさしてんけど、教室でも素でいる彩音ちゃんにまだ少し違和感を感じたりもしていた。それはクラスメイトたちもそうみたいや。
『動揺しすぎだよ』
「びっくりした」
『いるのかー。いいなー』
おるのには間違いないけど、まさかここで彩音ちゃんが好きですなんて言えるわけもなく。些細な誤解を生んでしまうことに苦痛を感じる。今は友だちという位置におるけど、いつまでも立ち止まってる気はない。
「おらんと思てくれてていいよ」
『どゆこと?』
「いつか話すから。彩音ちゃんには」
『…ふーん』
それから彩音ちゃんは少しキョトンとしたまま、俺を見ていた。これでいい。もっと、もっと俺のこと考えてくれたらいいと思った。
彩音ちゃんに聞き返してもいないと言われることくらいわかってる。わかっていても、やっぱりどこか切ない。
『桜がもうすぐ満開だね』
何気なく話したことやろう。窓から入ってくるささやかな春風を感じながら彩音ちゃんがそっと呟いた。何処か寂しそうな表情を浮かべる彼女は、見とれてしまうくらい綺麗やった。
「お花見、しようや」
『え?』
「隣町に緑地あるやん。時間あったら日曜でも行こう」
『…私、発表会前で結構忙しいんだけどなあ』
言葉では困ったようなことを言っているが、彩音ちゃんの表情は嬉しそうに笑っていた。一番近くで、色んな表情が見られるなら。今は友だちでも構わない。俺は俺なりに距離を縮めていければ。
何処で何時に待ち合わせしようか、と嬉しそうに話す彩音ちゃんを見ているだけで今は勿体なさすぎるほどの幸せ。そんなうららかな春の昼下がり。
淡く凛々しく