09
「うっわ、こんな朝からいいことあったんて聞かなあかんような顔してる!」
教室に入ってくるなり謙也が苦笑いしながら俺の席までやって来る。いいこと、そう言われるとピンとこえへんけど、確かにさっき通学路で偶然会った財前にも同じようなこと言われた。財前に至っては気持ち悪いて言うてたな。
「いや、別に?」
「別に?て顔ちゃうし。何がったんや、白石さん」
「えー」
強いて言うなら、そう付け足して瀬戸さんに名前で呼んでもらえることになったと伝えた。これから俺も名前で呼べる、そうすると謙也は思いの外身を乗り出してきた。
「意外と瀬戸さんと距離縮めてるやん!すっげー!」
「それほどでも…」
友人にそんな褒められるとさすがの俺も照れてまう。でも我ながら以前よりはるかにいい関係を築けてると思ったりしていた。噂をすれば。謙也の目線の先には教室に入ってきたところの彩音ちゃんの姿があった。
俺と謙也が見つめてるのになかなか目が合わない。どうせ俺の席を通り過ぎるんやから焦ることあらへんねんけど、なんだか残念。肩の上緩くふたつに結ばれた、ふわふわ揺れるリボン。きれいな髪やな。ずっと見ていたいと感じる。
「おはよ、彩音ちゃん」
賑やかやった教室が、若干静まりかえる。それと同時に彩音ちゃんの足が、丁度俺の席の横で止まった。あれ、おかしなこと言ったかな。状況とは裏腹に胸がざわつきだしていた。
恐る恐る彩音ちゃんの目を見ると、すごい目で見られていた。信じられない。まさにそうとでも言っているような目やった。
「あ、あの。大丈夫?」
『…じゃないの』
「へ?」
『バカじゃないの!?』
彩音ちゃんが叫んだら、完全に教室は沈黙した。カツカツ歩いて、自分の席に座る彩音ちゃん。
名前で呼んだらあかんかったんかな。や、でも互いに名前で呼ぶこと了承しあったのに。これにはさすがの謙也も驚きを隠せてない。俺はただただ悲しい気持ちを押し殺そうと必死になるしかなかった。
未知なるセカイ