夏の幕開け


明日から待ちに待った夏休み。例年なら、浮かれてスキップしながら登校することもあったものの、今年は一味も二味も違う気がする。いや、絶対違う。
右手がもう汗だくや。それも感覚がなくなる程。



『ひ、ひかる…』
「ん?」
『これ、何とかでけへん…?』



しっかりと繋がれた手を少しだけ振ってみる。もうすぐ校門に辿り着いてしまう。今ですら生徒の視線が気になり過ぎてるとゆうのに、学校内に入ってしまえば、あたしはどないなってしまうねん。ただでさえ今こんなに暑いのに。
虚しくも光は手を離してくれる様子はない。恥ずかしすぎて、顔から火くらい出せてまいそうな勢いや。こうして冷静になれんまま、校門をくぐってしもた。

思った通り、一気に生徒たちの視線をあたしと光が独り占めする。こんな予想だけ当たるなんて、ほんまやってられへん。



『…しぬ』
「がんばれ」



恥ずかしさのあまり顔を手で覆って歩く。指と指の間から光をチラリと見てみるものの、光はケロッとしてた。光の心臓はどないなっとんねんと思たけど、言葉に出来んかった。
もうあかん。限界。そう感じたとき、背中をポンと叩かれた。ふわりといい香りがした後ろを向くと、芹沢さんが笑って立っていた。



「おはよう、雛山さん」
『お、おはよう…』
「朝から見せつけてくれるねー」



ウインクされると、また心臓がドキリとした。もう、何でこんな可愛いねんこの人。優しいし、非の付け所がない芹沢さんの気持ちに応えへん光も、あたしが言うのもなんやけどおかしいと思う。



「ごめんね、雛山さん」
『え?』
「財前くんの前で恥ずかしいんだけど、元々知ってたんだ。財前くんの気持ち」
『どうゆう、こと?』
「知ってて雛山さんに財前くんのこと好きなのか聞いたの。二人が話してるのも邪魔しちゃったし…」



芹沢さんやって、必死やったんや。そんなに想われて光は幸せもんやなーと思ったものの、芹沢さんの好きな人を奪ったのはあたしで。あれ、あたしがこんなん思うんおかしいか?上手いこと考えがまとまらへん。
繋がれた手が涼しくなったと思たら、芹沢さんがあたしと光の間に割り込んできた。ふいに芹沢さんにとらえられるあたしの右腕。あたしより少しだけ背が高い芹沢さんに腕を完全にとらえられてしまった。



「でもさ、こうして財前くんと雛山さんも上手くいったことだし。私がしたこと、二人とも許してね!」



元々怒ってすらないのに。ほんまにいい人や。あたしもこんな人になりたいなんて思ったのはいいが、それが顔に出てたんか光は顔を引きつらせてた。



「なあ、愛」
『な、なに?』
「白石部長さ、やっぱ愛のこと、超ブスってゆってたで」




熱かった体温が一気に冷えていく。酷い。そんなん言わんでもいいのに。そもそも光もあたしに伝えんでもええやん。それにあたしが白石先輩に何をしたってゆうん。ああ、もう頭ん中もぐちゃぐちゃや。



『わーん!』
「雛山さん!待ってー」



走り出すしか出来んかった。これはもう教室でメソメソするパターンや。光のあほ。あほ。ほんまにあたしのこと好きなんかいなとまで考えてしまう程のこの酷い仕打ち。そんなあたしの後ろ姿を見守る芹沢さんが光と話していたことなんて、あたしは知るよしもなかった。



「財前くん、もうちょっと雛山さんに優しくできないわけ?バレバレな嘘ついちゃって」
「愛は何でも真に受けるからおもろいねんやん」
「歪んでるなー。雛山さんも可哀想」



光と恋人になれて、しかも芹沢さんと仲良くなれそうで、白石先輩に会うのが怖くなった初夏だった。



thank you for your reading!!

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