06



校庭の向こうから心地好い音が聞こえる。玉を打つ音。そういえば夏の補習の時もこの音を聞いていたな。教室の隅で懐かしんでいると白石くんが私のノートを覗き込んできた。
来週の小テストに備えて、放課後に勉強しようと約束したのは朝のこと。小テストの話題を振ったのは私。そしたら一緒に勉強しようと言ったのは白石くん。



「解らんとこある?」
『あ、ううん。大丈夫』
「遠慮なく聞いてな。俺、この範囲得意やから」
『うん』



必死に答えをさがして、でも見付からなくて。そんな夏が懐かしい。あの頃の私は、今よりかは輝いていただろうか。ふとそんなことを思った。今の私は誇れないから。人を傷付けながら日々を生きている。白石くんへの罪悪感は、いつまでたっても慣れないままだ。



「高原さん、そこちゃうで。その問題にはこっちの方式を当て嵌めんねん」
『あ、そっか』
「ややこしいよなー」



白石くんの教え方は本当に解りやすくて、どんどん頭の中に入っていった。自主勉はまあまあしている方だと思う私だけど、自主勉とは比べものにならないくらい為になってる。



「外の部活が気になるん?」
『…あ、違うの。夏の補習の時もこの音が聞こえてたなって』
「この音、テニス部の音やわ。ほら、ラケットで」



左手で素振りのそぶりを見せてくれる。まるでラケットを持っているような。あの頃の私が聞いていたのは、白石くんの音だったんだ。白石くんたちの努力の音。きっとキラキラしてたんだろう。羨ましいなと、思わず笑ってしまった。



『エアーテニス、だね』
「お、高原さんからツッコミ頂けるなんて光栄やわ」
『ふふ。それより白石くんの部活してる姿、見てみたかったかも』



ノートに視線を戻すと、どこかふわりと夕焼けの匂いがした。やっぱり落ち着くな。白石くんからの視線を感じながらも少しずつ問題を解いていく。白石くんの部活してる姿を見てみたいと言うのは、紛れも無い私の本音だ。少しでも、白石くんは楽しいと思ってくれてるだろうか。私と同じ楽しい気持ちを、白石くんにも感じてほしかった。



「高原さん、陸上頑張ってたよな。カッコよかったもん」
『え?』
「見たことあんねん。楽しそうに走んねんなーって」



はじめて言われる言葉にキョトンとしてしまう。私なんて他の子に置いてかれたくなくて、ただがむしゃらに毎日走っていた感覚しかなかったような気がしてたから。酷いときなんて走ってると言うより、もがいていたような。そんな記憶まであるのに。
白石くんに言われると、本当にそうだったのかもとまで思えてしまう。私も白石くんのように輝けていただろうか。夢は確かに持っていた。もっと速くなりたくて悩んだり泣いたり、そして笑ったり。



『白石くんに言われてみれば…確かに、楽しかったかも』
「せやろせやろ。って言うより走るん好きなんやろ、高原さん」



見透かしたような目をされたから、つい俯いてしまった。なんで白石くんにわかっちゃうんだろ。私にはわからなかったのに。白石くんももがいていた時期もあっただろう。みんな自分なりに乗り越えきたんだ。振り返ればきっと、キラキラしてる。それは私も同じなんだ。



『ありがとう、白石くん』
「おお、これで来週はバッチリやな」
『もう、わかってるくせに。じゃあこの白石くんのノート、借りてもいい?』



今だってそれぞれの夢の途中。もがくのも悪くないな、そう学んだ。答えなんてまだ見付けられないから。私のお礼も伝わったことだし、白石くんには感謝。借りたノートを鞄にしまい、まだ後片付けをしている白石くんに気付かれないように、彼の机にハートの落書きをしておいた。


振り返ればきっと


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