12あれから、また桜は咲いた。毎年のように凛と咲く桜は私に勇気を与えてくれる。関西の桜は三月下旬から四月上旬にかけて満開を迎える。その冬の終わりの時期に、私は必ず思い出すことがあった。 「ほんと、結衣は綺麗になったよねー」 「これで彼氏いないんだもん。びっくりだよ」 「結局、高校三年間も彼氏つくんなかったもんね」 中学生のときに仲の良かったメンバーとも今もこうして時々顔を合わせている。やはりみんな相変わらずで、少しだけホッとする。話すことが好きな連中とは決まり決まってカフェに入っている。冬も終わりを迎えようとしているところで、アイスミルクティーを選んだがまだ少し寒かった。少しの後悔。 「あのこと、まだ引きずってるの…?」 『ううん。結局私は恋ができなかったってだけ』 「恋なんて二度としない。結衣がそう言ってた頃もあったのにねー」 ちょっと気取って言ってみただけ。そう言い返してみるとみんなに解ってるよと笑われた。私だって少しは大人になったんだ。なくした面影を探してしまうことだってある。でも、もうあの頃のように素顔で歩くことも、もうなくなった。 「あの人への懺悔。そんなとこ?」 『まさか』 あの日、あの人から逃げ出した。思い出は色褪せていくのに、結局あの人しか好きになれなかった。 呼ばれなかった名前。聞かれなかった電話番号。彼から触れられることのなかった手。全て私を気遣ってくれてのことだった。そのことに気付いたのは、中学を卒業する前、あの人から手紙をもらってからだ。それからの私は思い出も、後悔も脱ぎ捨てることができなかった。 『出ようか』 立ち上がるとなんだか鼻の奥がツンとした。どうして。どうしてあの人のことを考えると涙が出そうになるんだろう。 「これ。高原さんに」 これで何度目だろうか。また頭の中であの人の声がした。冬の終わりがくる度に、あの人の文字を思い出す。シンプルな便箋に読みやすい、綺麗な字。ふと甦るのはあの人との短かったけど、楽しかった思い出。 手紙を受け取ってから、顔を合わせることもなく卒業してしまった。きっと私も、あの人と同じくらい寂しかった。 「それにしても当の本人はどうしてるんだろうね。気にならない?」 『…何言ってんのよ』 「なーに泣きそうになってんの、結衣」 「泣くのはまだ早いぞ。ほらっ、自分で確認してこいっ」 何言ってんだこの子たち。そう思ったと同時に背中を押された。少しよろめいてしまうと、前方にスニーカーが見えた。まさか。 『白石くんっ!』 乾いた風を思い切り吸い込む。久し振り。とふんわり笑う彼は、あの頃より少し大人びていた。 白石くん。私、高校三年間、陸上部で頑張ったんだよ。いつか白石くんから褒めてもらえる日がくると信じて。関西大会まで行けちゃったりして。ねえ。私、白石くんに話したいことがいっぱいある。 『…好きです。白石くんっ!』 「俺も。好きやで、結衣ちゃん」 待ち望んでいた声。はじめて呼ばれた名前。はじめて触れ合う体。躊躇いもなく、白石くんの体に飛び込めた。 「もう、絶対離したらへんっ!」 何を綴っても嘘になりそうで、返事も書けずに月日は流れてって。蒼い空さえ憎らしく思うこともあった。でも今は違う。空も私の味方をしてくれてる。もう何も怖くない。今なら、きっと言える。 『ありがとう。白石くんを好きになって、よかった』 HAPPY BIRTHDAY! Shiraishi.2013 April << >> |