09



『走れる?白石くん』



自動ドアの手前で靴紐を結び直す。蝶々結びの羽を強く、長めに引っ張る。しゃがんでる頭上から、おお、さすが陸上部。なんて聞こえてきた。元だから、元陸上部。白石くんと違って何の成績も残してない。今思い返せば、もっと真剣にやれたんじゃないか。白石くんといると、そう思うことも多くなった。



「あ、髪は?」
『髪?』
「結ばんでええのん?現役んときみたいに」



白石くんに左手首の茶色いヘアゴムを指されて気付いた。現役のときから使っていたものだ。引退した今となっては使うことも少なくなったけど、やっぱり左手首にないと落ち着かないのか、ずっとヘアゴムを手首にまいていた。
肩より少しある髪を静かにひとつに結ぶ。精神統一。よし、準備完了。



「高原さん、めっちゃカッコいいやん。ほんならいっちょ雨ん中を走りますか」
『うん。こんな雨じゃモタモタ歩いてても、足から濡れてくだけだし』
「とりあえず駅前まで走る?」
『オッケー』



ここから駅までのルートは頭には浮かんでいる。いざ出発。白石くんの手を取り、勢いよく自動ドアから飛び出す。傘も上手い具合に開いた。背後からポンッと気持ちいい音がした。白石くんも傘をさせたことを確認してから走る速度を上げた。

すいすい風を切る感覚。こうして顔をあげて走るなんて何日振りだろうか。足元で跳ねる水しぶきなんて気にならない。傘をさしてる意味もないくらいの雨が降っているのに心が弾んでいる。見慣れた町なのに、白石くんと駆けるだけでこんなに違って見えるんだ。楽しいと思う気持ちが抑えられない。



神さま。
私、白石くんが好きです。



気付いてなかったのか、気付かない振りをしていただけなのかわからない。でも、気付いてしまったのだ。握っている白石くんの手が熱い。きっと白石くんも今の私と同じ気持ちでいてくれたんだろう。私は私の気持ちを、もうごまかすことなんてできない。



「到着っ!さすが高原さん。ついてくんがやっとやったわ」



ずぶ濡れの白石くんが笑う。私もつられて笑ってしまった。走ることがこんなに楽しいことを改めて思い出した。
そして私は私なりに、この関係に決着をつけなければいけない。勇気のいる行動だ。いつまでも白石くんを弄んでいてはいけないことくらい、今の私には理解できる。それは好きにならないと、解らないこと。


雨に濡れて


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